シャルル・ジョルダン日本参入の仕掛け人が語るブランドビジネスのすべて

櫻庭充氏インタビュー。なぜ三陽商会は失敗したのか?

櫻庭充氏(元シャルル・ジョルダン アジアパシフィックCEO)

 2016年は三陽商会の「バーバリー」、山崎製パン子会社、ヤマザキ・ナビスコの「リッツ」「オレオ」のライセンス契約が終了になり話題になった。三陽商会は基幹ブランドを失ったことで、16年12月期は大幅な赤字決算を余儀なくされる見通しだ。消費者に人気のある海外ブランドを日本で展開すれば有力なビジネスになる反面、それを失えば突然の業績悪化に見舞われるリスクもある。ライセンスによるブランドビジネスの基本的な仕組みやリスクとは。フランスのハイファッションブランド、シャルル・ジョルダングループや、イタリアのコーヒーブランド「セガフレード・ザネッティ」の日本への参入を手掛けた櫻庭充氏に聞いた。  ―ライセンスによるブランドビジネスとはどんなものか。  「ライセンス契約にはいろんな種類がある。本来の意味はノウハウ・アグリーメント(知的財産契約)。ノウハウといってもすごく幅があり、製造ノウハウ、商標から宇宙開発まで含まれる。このうちファッションや食品などのライフスタイルに関わるブランドビジネスは、ブランド使用権を有したライセンス契約と言える」  「総体としてブランドライセンス契約は、そのブランドの付加価値(VALUE-ADDED)が重要。ソフトな商品であるファッションブランドの場合は信頼性と好感度であり、工業製品などのハードな商品の場合は固有の技術力といえる。全てのブランドホルダーは、付加価値を少しでも高める努力を様々な方法を駆使して行っている。付加価値を高めるためには、相応の投資が必要なのだ」  ―ブランドの使用権を与える企業はライセンサー、ブランドの使用権を受ける企業はライセンシーと呼ばれる。  「ライセンサーは明確な契約内容に基づきブランドを供与し、製品を製造・販売する権利を与え、ライセンシーはその対価としてロイヤリティーをライセンサーに支払う。ブランドビジネスが生まれ始めた1960~70年代はライセンサーとライセンシーがともに製造・販売部門を持つなど同様の企業形態であることが多かった」  「ロイヤリティービジネス以外に、ライセンサーの自社工場で天災や事故などの不具合が発生した場合、ライセンシーが製造した商品を市場に一時的に供給できるというリスクヘッジの考えが、ライセンサー側にあった事も考えられる」  ―ライセンスによるブランドビジネスの先駆けと言えるのがフランスのピエール・カルダン氏だ。  「カルダン氏はファッション業界でブランドの世界戦略を打ち立てた初めてのデザイナーであり、企業家だ。1960年代からライセンスビジネスを始め、1970~80年代になるとほとんどの有名ファッションブランドが追随するようになった」  ―ところが1990年代に入るとブランドビジネスの様相が変わり始めた。  「80年代のファッション・ハウス(ファッション企業)は中小企業が大半を占めていた。しかし90年代に入ると投資家が登場して複数のブランドをグループ化し、効率と規模の経済を求めていくようになり、ファッション業界においてもコングロマリット企業が出現した」  「ライセンサーはマーケティングを主とする会社が多くなり、それらの会社は必ずしも自前で製造部門を持たないようになった。2000年代初めまでこの傾向は続き、ブランドビジネスの第2ステージと位置づけられる。現在は第3ステージ。自社でコントロールした商品を世界中に売りたいと考える企業が増えた」    ―ブランドビジネスを成功させるうえで重要な要素とは何か。  「ライセンサーとライセンシーの相互信頼とパワーバランス(力関係)だ。成功するには、パッション(情熱)の共有や、お互いのカルチャー(文化)に対する愛着が欠かせない。短期的にもうかるからやるというのでは長続きしない。ライセンシーのトップマネージメント(経営陣)が、ライセンスするブランドに対してビジネスの視点と共に愛着を持つことが望ましい」  ―ライセンス期間やロイヤリティーなど契約の詳細はどのように決まるのか。  「ライセンス期間は通常は5~10年だが、一部のブランドでは20年に及ぶものもある。最低限の保証で年間いくらというミニマムロイヤリティーと、売り上げに応じて変動するロイヤリティーレート(料率)で構成される。例えば売り上げが5億円でロイヤリティーレートが5%だと2500万円となる。また、ロイヤリティー以外にも広告・宣伝・販売促進費用を契約内で規定されることが多い」  「ミニマムロイヤリティーの水準はブランド力、及び、取り扱うライセンス商品の潜在的な市場規模で決まる。ライセンス契約を海外企業と結ぶ場合にはライセンサーの会社がどういう経営母体か、商標がどこに所属しているかを考慮し長期的な視点で考えるべきだ」  「ブランドビジネスを構成するもう一つの契約にフランチャイズ契約がある。ブランド名とブランドの店舗デザインを備え、ブランドの主力商品を消費者に販売する小売店契約(フランチャイズ契約)を、ブランド側は重要視する。ここでは詳しく述べないが、フランチャイズ契約に関してはライセンス契約とセットで話し合われる事も事実。時により、ライセンシーとフランチャイジーが違う会社の場合もある」  ―製造ライセンスの場合、生産や原料に関する取り決めも必要だ。  「製造業の場合、ライセンサーの提示するデザイン、指定する原材料に従ってライセンシーは製造・販売する権利を持つ。ブランドによっては日本で手に入る最適な素材を使っていいケースもある」 <次のページ、伝統的なライセンス契約からの脱却を>  ―海外のブランド企業と交渉し、複数の商品を束ねて契約する元請けのような存在の企業を「マスターライセンシー」と呼ぶ。  「1980年代から90年代にかけては百貨店及び商社がマスターライセンシーとなって海外のブランド企業と複数の商品群をトータルでカバーするマスターライセンス契約を締結し、商品に応じてそれぞれの専業会社とサブライセンス契約を締結するという形態も見られた」  「この場合、往々にして、マスターライセンシー会社は、ライセンサーが販売するインポート商品に関しても輸入・販売契約を締結し、ブランドのトータルなマーケティングを目指した。しかし現在は、ブランド側や市場側のニーズも変化しているため、マスターライセンシーを必要とするビジネスは少なくなっている」  ―ライセンシーがライセンサーを買収するケースはあるのか。  「外国ではわりとよくある。ファッション業界では、買収の対象はライセンサーの会社ごとまたは部門やブランド単位というパターン。食品業界だと会社の規模が大きいので、部門や事業単位でなされることが多い。日本では、バーバリーやアクアスキュータムなどと並ぶ英国王室御用達ブランドのダックスと三共生興が成功例だと思う」 三共生興は、1970年にダックスの日本国内でのライセンス生産をスタートさせ、長い間の友好関係をベースに1991年にダックスを買収、グループ傘下に取り込んだ。ブランドビジネスを成功させるために重要である「パッション(情熱)の共有」や「カルチャー(文化)に対する愛着」が上手くいったケースといえるだろう。  一方、同じようにレナウンが1990年に英アクアスキュータムを買収したものの、ブランド戦略を間違えたのか、赤字が続き、最終的にはレナウン自身も経営不振に陥って2009年に同ブランドを売却している。その後、アクアスキュータムは2012年に経営破綻。同等のブランド力があっても、マーケティングや海外展開の手法を間違えると、その行く末は全く異なる。まるでクロスボーダーM&Aの難しさを物語っているようだ。  「80年代に日本の企業がフランスのファッション企業を買収したケースがあったが、成功した事例をあまり聞かない。言葉の壁だけでなく、労働環境、文化の違いに対応する人材が育っていなかったかもしれない」  「現在、フランスの中小企業は全体的に財政面が逼迫し、新たな投資を必要としている。特にファッションブランド企業は、製造をアウトソーシングし、自社が抱える正社員も比較的少ない。日本の企業にとって、買収のチャンスといえるかもしれない。しかし、派遣する人材、ブランド活性化のコスト、トータルの投資とボトムライン(収益)を考え、積極的に買収をする日本企業は少ないようだ」  ―1980年代~2000年代は、ファッション業界でのライセンス契約やインポート契約も盛んで、ブランドビジネスに活発な動きがあった。今、こうした動きがあまりないのはなぜか?  「消費者が変わってきた。本当に付加価値があるものを見極めるようになって、より賢くなっているのでは? ただブランドがついているだけのものは、今の時代を生き残ってはいけない。企業側もそこを厳しくチェックしているから、動きが鈍くなっているのかもしれない。ただし、今は飽和状態でも、ブランドビジネスはなくなることはないだろう」  ―ピエール・カルダン氏がブランドビジネスを始めた1960年代の第1ステージ、ブランドホルダーがマーケティング会社のようになっていった2000年代初めまでの第2ステージ、そしてブランドホルダーが自社で全てをコントロールする現在の第3ステージと移り変わってきたブランドビジネス。今後、具体的にどのような形で残っていくのか。  「これまでのような伝統的なライセンス契約ではなくなり、株を持ち合うなどビジネス・ファイナンシャル・パートナーとしてリスクを共有した形になる可能性は十分ありうる。その場合ももちろん、哲学やパッション(情熱)、カルチャー(文化)の共有は必要。これが欠けてしまうと上手くいかないだろう」 (取材・文:M&A Online編集部)

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