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【囲碁棋士×AI棋士#02】勝者、趙名誉名人から見たAIの本性

【囲碁棋士×AI棋士#02】勝者、趙名誉名人から見たAIの本性

趙治勲名誉名人

 人工知能(AI)が人を超える―。そんな話が連日、取り沙汰されている。チェス、将棋、囲碁といったゲームの世界でも人間を打ち破るAIが登場している。囲碁電脳戦でAIに勝った趙治勲名誉名人に話を聞いた。

 アルファ碁とイ・セドル九段の対局が衝撃だった。私はセドルを破った当時のアルファ碁には勝つ自信がある。だから一局打ちたいと言ってきた。

 欧州王者を下した時のアルファ碁の棋譜を見るかぎり、アルファ碁は弱かった。勝負もお互いどっこいどっこいで、どちらが勝つこともあり得た。

 欧州王者はセドルには到底及ばない。周囲にはセドルが100%間違いなく勝つと断言していた。ただ欧州王者からセドルとの対局までの2カ月間で、ものすごく強くなっていた。人間だと200年か2000年かかる成長だ。天才でも最低20年はかかる。

 (アルファ碁対イ・セドル九段の5戦中)1局目は途中までセドルが勝っていた。アルファ碁の手は完璧ではなかった。ただ一発、いい手が入りセドルの動揺を誘った。正しく対応すれば大丈夫だったはずが、逆転されそのまま負けてしまった。

 相手が人間なら逆転したことで、自身も浮足立つ。ただAIは動揺せず押し切られた形だ。この負けがセドルをおかしくした。2局目はアルファ碁が良い碁を打った。人間なら疲れを持ち越してしまうがAIに疲労はない。セドルが完敗した。

AIの強い部分だけ見ると弱い部分が見えなくなってしまう


 セドルはアルファ碁との対局で先に2敗し、後がなくなって仲間とAIを分析したそうだ。序盤に優勢に持ち込む必要があると結論が出て、戦略を持って3局目に臨んだ。

 ただ、普段のセドルは相手の弱点を突く碁は打たない。自身の強さに絶対の自信を持っていて、ただ最善手を打って勝ってきた。セドルが相手の弱点を探すこと自体、動揺の表れだろう。3局目に敗れて負け越しが決まった。

 そこで最善を尽くす本来の姿に戻った。4局目も苦しい碁だったが、セドルは妙手を打った。これでコンピューターが狂い、素人同然のめちゃくちゃな手を打ちだした。結果、4勝1敗でアルファ碁が勝ったが、1局目も2、3局目も弱点はたくさんあった。

 セドルはアルファ碁を甘く見ていたため、動揺して弱点が見えなくなってしまったのだろう。驚き、AIの強い部分だけ見ると弱い部分が見えなくなってしまう。

 セドルが平常心で打てば力量はアルファ碁に勝っていた。AIは完璧ではないし、最後の詰めが甘い。私も勝つ自信がある。ただ3カ月で欠点を克服したと聞く。どこまで強くなっているのか試したい。

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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 趙先生が若かったころ日本が世界のトップでした。獲得されたタイトル数は史上最多で誰にも抜かれていません。日本が韓国や中国の台頭を許してからは「国際戦で秒読みが韓国式や中国式でになり、『日本式で』とお願いすることもはばかられるようになってしまった」と嘆きます。趙先生はいまは若手を育て鼓舞する立場です。アルファ碁が出てきて、衝撃が広がりましたが、趙先生が「AIから学ぶ。ともに強くなる」とメッセージを出すことは、本当に大きなことだと思います。「日本の囲碁は不遇の時代を歩んできた。AIで注目が集まり、競技人口も増えるだろう。これから囲碁はもっと面白くなる」と断言します。日本は棋士もAI技術者もそれを実現できる人たちが集まっていると思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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