韓国に「おにぎりブーム」を巻き起こしたコンビニ経営の達人

<情報工場 「読学」のススメ#21>『おにぎりの本多さん』(本多利範 著)

**“海苔”をめぐる白熱した議論が日韓に一体感を生む  個人的な話になるが、学生時代に足かけ3年ぐらい、コンビニ店員のアルバイトをしていた。セブン-イレブンで2店舗を経験し、最初の店では深夜シフト専門だった。わりと忙しい店だったので、深夜でも客足が途切れる時間は短かった。すぐ近くに大企業の本社があった関係で通勤前に立ち寄る人が多く、朝の時間の混雑は尋常ではなかった。  今から考えると、コンビニエンスストアほど人間観察にもってこいな職場はないような気がする。時間帯によっていろいろなタイプの人が訪れ、ときに意外なものを買っていったりする。その理由を考えるのは楽しかった。毎朝かっきり同じ時間に来て、いれたてのコーヒーと牛乳を買っていく年配の男性もいた(店員からは親しみを込めて「コーヒーおじさん」と呼ばれていた)。長い間働き続けていると、どんなときにどんな人たちが来店し、どんなものが売れるのかが見えてきた。意識して観察して分析していれば、格好のマーケティングの教材になったことだろう。  本書『おにぎりの本多さん』(プレジデント社)の著者、本多利範さんは、セブン-イレブン・ジャパン取締役、韓国セブン-イレブンCOO、エーエム・ピーエムジャパン社長などを歴任し、現在はファミリーマート専務・商品本部長を務めている。コンビニ経営の大ベテランだ。書名は、韓国セブン-イレブン(通称コリアセブン)時代に韓国に「おにぎりブーム」を巻き起こし、自らメディアに何度も露出したことから「おにぎりおじさん」「おにぎりの本多さん」とあだ名をつけられたことによる。そんな本多さんが、自らのコリアセブンでの奮闘を中心に、コンビニ・スーパーの経営戦略、韓国社会と流通業の関係などについて語り尽くしたのが本書である。  本多さんは1998年にセブン-イレブン・ジャパンを退社して韓国・ソウルに渡る。当時コリアセブンを所有していた韓国ロッテグループから、コリアセブンの立て直しを頼まれてのことだ。コリアセブンは同国初のコンビニチェーンだが、後発のファミリーマートやLGグループがつくったLG25(現GS25)の後塵を拝するなど、苦戦していた。  本多さんは現地に赴任し、ソウルで初めてコンビニに入ったときに、あまりのフードの数と種類の少なさに愕然とする。おにぎりを買って食べてみたところ、温度が低すぎる棚に置かれていたため冷え切ったご飯と得体の知れない具材で、とても奇妙な味と食感になっていたそうだ。日本におけるコンビニの成長を支えたのは、おにぎりや弁当などのフードの充実だった。そこで、立て直しのために、店舗のクリンネス(清潔さ)と店員のフレンドリーを徹底させるとともに、おにぎりを改善し、主力商品として打ち出すことにした。  韓国のコンビニでフードが貧弱だったのには理由があった。韓国では「冷めたものを食べるのはお金のない人」とみる人が多いと、現地コンビニの商品部が思い込んでいたからだった。どうせ売れないから店に置かない。「どうしたら売れるか」を考えることはしていなかった。  「冷めた食べ物は売れない」とはいっても、コンビニ以外の露店などで「海苔巻き」は売れていた。本多さんがそれを指摘すると「海苔巻きでは専門店に負ける」と反論する。ならば、専門店に売っていないおにぎりをコンビニで売ればいいではないか。本多さんはそう考えたが、なかなか商品部は乗り気にならなかったという。  それでも本多さんは、韓国人にも受け入れられるおにぎりの開発を進めていく。転機となったのは「海苔」をめぐる議論だ。韓国の海苔は日本のものとはだいぶ違う。韓国海苔は塩や油で味つけされたものが主流だ。厚さにもムラがあり、硬い食感を楽しむものだという。本多さんは、はじめは日本でヒットしたおにぎりの味にこだわり、日本の海苔を使うことを主張。それに対し韓国人社員たちは韓国海苔を使うべきと譲らない。  この喧々諤々の議論が「どうせおにぎりなんか売れない」と投げやりだった韓国人スタッフたちを振り向かせた。彼らは白熱する議論に参戦することで、いつの間にか「美味しいおにぎりを作る」という前提を共有することになる。この一体感が、「おにぎりブーム」を生み出すほどの成功につながったのだ。  結局、議論は両者の折衷案でまとまり、味つけは韓国式、食感は韓国と日本の良いところのミックスになったという。具材でも両国の良さを組み合わせた。こうして、まったくのオリジナルなおにぎりが誕生。韓国のコンビニで初めてテレビCMを打ったことも功を奏し、コリアセブンのおにぎりは爆発的な売上を記録することになる。  本多さんは本書で自らのキャリアを振り返り、流通業に携わる人に求められるのは「素直さ」であると結論づけている。コンビニは「変化対応」が肝であり、100%お客様の要望に従って店を変化させていかなければならない、とも言う。社会環境の変化や、顧客の嗜好のその時々の動きを敏感に感じとり柔軟に対応するのが重要ということだろう。  おそらく本多さんの言う「素直さ」は、言われたことをそのまま実行したり、反論せずに「ああ、そうですか」と引き下がることではない。実際、コリアセブンでのおにぎりの開発における本多さんの行動は、そうではなかった。現状を素直に受け取った上で、それに対して何ができるかを考えられる資質を指すのだろう。  もし本多さんにそういった素直さがなかったとしたら、日本のおにぎりをそのまま韓国で販売するか、おにぎりを主力にすること自体を諦めていただろう。日韓折衷のオリジナルおにぎり(現地では三角おにぎりを意味するサムカク・チュモック・キムパプと呼ばれている)は、コンビニ業界の発展に貢献してきた本多さんの「素直さ」「柔軟さ」の賜物なのだ。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部) 『おにぎりの本多さん』 本多 利範 著 プレジデント社 328p 1,500円(税別)

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