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「量子メス」はがん死ゼロの切り札になるか

次世代「重粒子線がん治療」の研究はオールジャパンで
「量子メス」はがん死ゼロの切り札になるか

包括的協定書調印式で握手する関係者ら

 がんをピンポイントに治療する「重粒子線がん治療」の次世代技術開発に向けた取り組みが始動した。“第5世代”となる同研究は2026年をめどに装置の費用、サイズを抜本的に低減し、一般病院に設置可能とするのが目標だ。がんの撲滅が世界的に急務となる中、オールジャパンで次世代がん治療の研究で世界をけん引する。

 量子科学技術研究開発機構(量研機構)と住友重機械工業、東芝日立製作所三菱電機の4社は13日、次世代の重粒子線がん治療装置を研究する包括協定を結んだ。会見で量研機構の平野俊夫理事長は「将来のがん治療の基本手法とし、『がん死』ゼロの実現を目指す」と述べた。

 レーザー加速技術や超電導技術などを採用し、装置の大幅な小型化・低コスト化を実現。建物サイズを従来の10分の1程度にし、建設コストも100億円以下を目指す。

 線種も炭素に加えてヘリウムや酸素などに広げ、治療効果を高めることで外科治療に変わる「量子メス」として早期の実用化を目指す。今後、各社の費用負担、役割分担などを詰める。
HIMACの主加速器(量研機構提供)


 重粒子線治療は94年に放射線医学総合研究所(放医研、現量研機構)が世界で初めて専用装置「HIMAC(ハイマック)」で臨床試験を始めた。入射器は住重、主加速器は東芝と日立、照射室は三菱電機が担当。1万人超の治療実績がある。

 陽子線、炭素線(重粒子線)などの粒子線治療は一定の深さで線量が最大となるため治療効果がX線の2―3倍と高く、正常組織への影響も低減できる。特に炭素は放射線に強い腫瘍にも有効だ。4月に骨軟部腫瘍に保険適用され、今後の適応拡大も期待される。

 重粒子線は陽子線に比べ扱いにくく、装置も大型化し、高コストなのが課題だ。このため装置は建設中も含め世界10数施設にとどまる。ただ高い治療効果から米国やアジアなどで導入が計画されるなど変化の兆しもある。

 重粒子線治療の研究はこれまで日本と欧州がリードしてきた。だが、ドイツの重イオン科学研究所(GIS)は医療用の重粒子線の研究所を閉鎖し、独シーメンスも装置の製造から撤退した。日本では量研機構がハブとなり、企業・大学と共同研究も進むなど世界的に有利な立場にある。

 まだ市場規模が小さいが、適用拡大が進めば「市場規模は1兆円以上になる」(野田耕司量研機構放射線医学総合研究所長)。今回の共同研究が研究から医療としての普及に向けた橋渡しとなる。

(文=村上毅)
日刊工業新聞2016年12月14日
村上毅
村上毅 Murakami Tsuyoshi 編集局ニュースセンター デスク
放射線治療の中で、治療効果が高い粒子線治療だが、重粒子線治療は、すでに普及の段階に入った陽子線治療に水をあけられた印象が強かった。さらに同じく治療効果の高さが期待される「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)」は治験が進み、実用化に向けて後から“猛追”している。今回のオールジャパンによるコンソーシアムは、普及・実用化に向けた巻き返しを図りたい狙いがある。目標に掲げる現状施設の10分の1、建設コスト100億円以下の実現は決して簡単ではないが、日本には研究機関、企業、大学と技術のシーズがある。うまくノウハウを持ち寄り、高いハードルを乗り越えることを期待したい。

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