ニュースイッチ

バナナの皮はなぜ人工関節に役立つ?

【4】イグ・ノーベル賞受賞者に聞く。「実用の混沌の中から上澄みをすくい取れ」
バナナの皮はなぜ人工関節に役立つ?

北里大学名誉教授・馬渕清資氏

 北里大学の馬渕清資名誉教授は人工関節の専門家だ。人工関節の摩擦の知見をバナナの皮に応用した。実用志向の工学研究者が基礎に研究を広げ、日常に潜む科学をあぶり出した。そして2014年の表彰式で笑いに変えた。

ー基礎と実用の投資バランスは先進国共通の課題です。
 「学生には実用の混沌の中から上澄みをすくい取れと指導している。本来その程度しか科学たるものはない。国が研究投資を基礎と実用のどちらに振り向けるか、その時々で変わるのは仕方がない」

 「問題は実用性を求めた結果、ほぼすべての研究が役に立つふりをするようになったことだ。国際論文など年間30-40報を査読していても、本当に役に立ちそうな研究は年に1本もない。それが役に立つかと議論すべきかもわからない研究が多い。長期的には役に立つというのなら、総合的に価値を示すべきだ」

ー研究者が生き残るには、まず論文数を稼ぐ必要があります。
 「論文作成マシンになり、研究が面白いか考える余裕もなくなっている。米国も同じ構造だ。先進国の物質的な豊かさはほぼ飽和してしまった。実用のみを求めても弊害が大きくなる。ある国立研究機関でポスドクの10年生存率が9割と相談された。1割が失踪か、自ら命を絶っているという。若手を囲む現状はあまりにも厳しい」

ー科学に実用以外の価値がありますか。
 「役に立たない研究の中には文化的な価値も存在する。精神世界を広げる力を尺度に評価してはどうか。一番わかりやすいのが笑いだ。興味深く、愉快で面白い。実は表彰式のスピーチに向けて笑いを研究した。洗練された話芸では観客の発想を転換させている。視野を広げる科学に通じる部分があり、文化として認められている」
日刊工業新聞2016年11月23日の記事に加筆
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
馬渕先生は科学の文化的価値を模索しています。科学には精神世界を広げる力が確かにあります。ただクイズやトリビアは面白く親しまれているのに、科学番組や科学記事はあんまりです。科学が日常や経験から離れているためだと思います。東京五輪に向けてスポーツ界は「みるスポーツ」から「やるスポーツ」への転換を掲げています。科学も市民参加型にできると面白いです。その旗印はバナナだと思うのです。ですが馬渕先生は「世界共通の笑いはバナナの皮が最後ではないか」と。ポスト・バナナを探すしかありません。

編集部のおすすめ