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日本は「理論研究」でAI開発のゲームチェンジを起こせるか

理研、10年後を見据え世界から人材集める
 人工知能(AI)の10年後を見据えて、理論研究が活発化している。AIは理論と社会実装が極めて近い分野だ。新しい計算理論が紡がれると、検索アルゴリズムに反映されて世界の情報の流れが変わることもある。そこで理化学研究所の革新知能統合研究センター(AIPセンター)は、理論研究に力を入れる。世界から人材を集め、AIの開発競争を根底から覆すゲームチェンジを目指す。

 現在のAI開発はパワーゲームに陥っている。膨大なデータと計算資源の両方をそろえた機関が優位に立ち続ける。ビッグデータとディープラーニング(深層学習)の組み合わせがAIにブレークスルーを起こしたためだ。

 だがデータも計算資源も米国の巨大IT企業が握っている。日本勢がパワーゲームに参戦するのは厳しい状況にある。このままではツール提供やAIを使ったサービス開発に留まってしまう。

 そこで競争の根本を覆す理論研究に光が当たった。杉山将AIPセンター長は「理論研究は0から1の世界。10%、20%の効率化ではなく、できなかったことをできるようにする」と力説する。

 例えば深層学習には膨大な学習データが必要だ。AIが人間を認識するには人間を映した大量のデータを学習する。ただのデータでは価値がなく、このデータは人間であると意味をつける必要があった。問題は人間という認識だけでは仕事にならない点だ。

 人間の性別や年齢、表情、動作、状況、意図など、仕事に必要な意味がそれぞれ必要になる。この意味づけの作業が膨大で、検索や電子商取引(EC)、会員制交流サイト(SNS)などのビッグデータを持つIT企業を優位に立たせていた。

 杉山センター長が考案した不完全情報学習理論はこの意味づけを不要にする。まだ限られた条件でしか機能しないが、ビッグデータが要らなくなれば競争原理は一変する。

 AIPセンターでは因果推論や連続最適化、近似ベイズ推論など13チームが理論を研究する。文部科学省の榎本剛参事官は「日本のスター研究者がみな集まった」と評価する。

 ただ理論研究の生産性は研究者の発想や議論の質に左右され、精緻な開発計画は組めない。そのため「管理は放牧に近い。研究者には自由な環境を整える」(杉山センター長)方針だ。研究のパフォーマンスは研究仲間との議論の中で測っていくことになる。

 杉山センター長はこの10年間、手弁当の勉強会を開いてきた。このメンバーで国際学会の上位論文を席巻した実績もある。「いい仲間が集まれば5人で5本の論文ではなく、5人で6本、7本と論文が増え、質も磨かれる」という。

 勉強会がAIPセンターとして公認されたことで「10年間のキャリアが約束された。若手にとっては基礎に集中できるまたとないチャンス。議論を戦わせる仲間も最高の頭脳がそろう。実際に世界から応募書類が集まっている」と説明する。革新的な理論で米国発のパワーゲームをひっくり返せるか、挑戦が始まった。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2016年11月11日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「理論研究者にとって10年間のキャリアが約束されることはとても魅力的」と杉山センター長は強調します。理論研究に集中できるポストはあまりなかったようです。AIの理論研究は、ほぼほぼ数学です。3年で稼げといわれて現場で問題を解いていると、現場に追われてどんどん理論から離れていってしまう課題がありました。AIPセンターでは精鋭を集めて理論に集中させ切磋琢磨させます。できあがった計算理論をただ使うより、理論が紡がれ磨かれていく過程が重要です。企業としては若手を送り込むか、3-5年間AIPで揉まれた人材を引き抜きたいと思うはずです。またAIPセンターでは理論研究に対応して、防災やインフラ管理など目的志向の研究部門があり、理論と応用分野をつなぐ役割を担います。こちらもゲームチェンジを狙う研究をするそうです。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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