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不思議の国のスイス。シリコンバレーと対極にあるパワーとは

文=原山優子 静かな顔に変革の遺伝子
不思議の国のスイス。シリコンバレーと対極にあるパワーとは

スイスの首都ベルン

 「スイスと聞いて何を連想するか」と問われたら何と答えるか。小学校時代に「永世中立国、赤十字発祥の地」と習った、と答える方も多いと思う。まずスイスという国を“印象派的”なタッチで描きたい。

 マッターホルンに代表される高くそびえる山々と氷河、牛と羊の放牧、その風景には「ハイジ」の生活が重なる。「おじいさん」がつくるチーズ、スキーを楽しんだ後に家族・仲間で囲むチーズフォンデュと、それに欠かせないスイス産の白ワイン、そして「カプセル・コーヒー」の1杯に添えられたミルク・チョコレートが連想される。

 また視点を変えると、社会的ステータスとも言われる「SWISS MADE」の高級時計と装飾品、そして重圧なドアに閉ざされたプライベート・バンクが登場する。「豊かでゆとりの国」との印象を与え、日本人の行きたい国の上位を常に占めることにも納得する。

 しかし、元はと言えば、厳しい自然環境の中、取り囲む勢力に対して自治を守るべくいくつかの州が同盟を結び、国家としての基盤を作り上げたのがスイスである。自由を重んじ、さまざまな弾圧の犠牲者(宗教改革の旗頭となったカルヴァンもその一人)を受け入れ、自らの原動力としてきた。

「補完性の原理」、さまざまな楽しみ方を提供


 そして、この多様な集合体を国家としてまとめ上げるために生み出されたのが、自治体としての意思決定はできる限り下位のレベルに任せ、残された部分を上位が取り扱うという「補完性の原理」(Principleofsubsidiarity)だ。自然・食・高級精密品・資産運用と、さまざまな楽しみ方を提供する国となったのは、自由と自治を柱に、人々が地道にかつ、したたかに努力を積み重ねた結果とも読み取れる。

 また、外交面でも、永世中立国という立場を前面に出し、国家間の紛争の仲裁の協議をホストすると共に、世界保健機関(WHO)、国際電気通信連合(ITU)、世界知的所有権機関(WIPO)、世界貿易機関(WTO)などといった国際機関を誘致し、「国際的な意思決定がなされる場=スイス」という構図が演出されている。そして、1971年にスタートしたダボス会議(WEF)は経済界、政界の方々にとって登竜門的な存在でもあり、ここにも仕掛け人スイスの力量を感じる。

 このように強い吸引力と発信力を持つスイスだが、イノベーションのランキング(例えばグローバル・イノベーション・インデックス)でも常に上位なのはご存じだろうか。

時計産業に見る秘めたイノベーション


 「世界で最もイノベーションに適した場は?」と問われて、初めに連想するのは米国のシリコンバレーであり、そのイメージと対極にあるのが、歴史の重みと静けさが漂うスイスといえる。町並みを見る限り、“イノベーションの熱気”を象徴するものは皆無であるが、その陰にイノベーションのパワーが潜んでいるというわけである。この秘めたパワーの事例を最後に紹介する。

 スイス時計産業は機械式時計で一世を風靡(ふうび)し安定的な市場を確保していた。しかしクオーツ時計の台頭で、時計産業が集積するニューシャテル地方では不況の波が押し寄せ、産業構造の変革を強いられた。そこで新たに着目したのがマイクロ・システム技術であった。

 時計産業、ニューシャテル大学、連邦政府および州政府の連携により、1984年にSwissCenterforElectronicsandMicrotechnology(CSEM)が設立され、革新的技術の発信源として数々のベンチャーを生み出している。

 時計産業本体も、低価格、デザイン重視の「スウォッチ」の市場導入によりビジネスモデルの転換が図られ、その後の高級時計メーカーの再編そして躍進につながった。そこで気になるのがCSEMとの関係だが、転んでもただでは起きないのがスイス。CSEMは先端的なマイクロ・システム技術を駆使して高級機械式時計のパーツを開発し、高級時計の付加価値をさらに高めているそうだ。
【略歴】
原山優子はらやま・ゆうこ 96年(平8)ジュネーブ大学教育学博士課程修了、97年同大経済学博士課程修了、98年同大経済学部助教授。01年経済産業研究所研究員、02年東北大工学研究科教授、10年経済協力開発機構(OECD)の科学技術産業局次長、13年から総合科学技術・イノベーション会議議員。
日刊工業新聞2016年10月31日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
スイスと言えばアインシュタインを育てた国。ベルンにある「Einstein-Haus」で相対性理論を生み出したと言われている。アインシュタインが残した有名な言葉「学校で学んだことをすべて忘れてしまった時になお残っているもの、 それこそが教育である」。スイスのイノベーションの成功の背景には優れた教育システムがある。

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