【迫本淳一】松竹社長が語る「伝統と革新」(上)

日本の精神、世界を魅了

松竹・迫本社長

 5月―。成功裏に幕を閉じた米ラスベガスでの歌舞伎公演は、日本の伝統文化と先端技術が融合した新たなエンタテインメントの可能性を確信させるものとなった。  親獅子が子獅子を谷底に落としてはい上がるのを見守る「石橋(しゃっきょう)」伝説を基に、市川染五郎主演で作り上げたこの新作。早変わりや宙乗り、獅子の毛振りといった歌舞伎ではおなじみの演出手法を随所に取り入れる一方で、パナソニックやNTTなど日本企業の最先端技術も劇中に登場。観客のアバター(分身映像)が歌舞伎俳優顔負けの踊りをみせる映像をプロジェクションしたり、最新の投影技術で背景を立体的に見せるなど、テクノロジーと伝統の融合で世界の観客を魅了した。  松竹は2015年、創業120年を迎えた。伝統を継承しつつ、幅広いお客さんに作品を楽しんでほしい―。そんな思いで力を入れる施策のひとつが歌舞伎の海外展開である。  「クールジャパン」と称されるように、日本の文化が海外で高く評価される裏には、表層的な「日本的なもの」だけでない、もっと深い日本人の精神性のようなものへの関心が高まっていることが背景にあるように感じる。それは白黒つけない「曖昧さ」を受容する土壌であり、空間的な「間(ま)」や「余白の美」といった独特の美意識である。  善か悪か、神とは何か―。「論理」の世界を追求した果てに、いまの世界が過激なテロや排他的なナショナリズムに直面しているとすれば、世界は日本人の感性を求めていると説明がつく。映画「おくりびと」(滝田洋二郎監督)が他の有力候補作の中からアカデミー賞外国語映画賞を受賞した頃から、そんな兆しを感じていた。  人間はそもそも矛盾する存在であり、どんな人にも黒い部分はあるし、どんな悪人でも救いはある。歌舞伎の「勧進帳」、映画なら「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」シリーズ。松竹はどんな時代においても、ヒーローではない弱い立場の人や普通の人の生きざまを描いてきた。そんなところに、日本のみならず世界の人が共感や爽快感を抱いているのではないだろうか。  もちろん作品をそのまま「輸出」しても海外の観客の心に響かない。根底にある作品の精神はそのままに、その土地の文化や風習に合わせて現地化する戦略が重要だ。歌舞伎のラスベガス公演は、松竹にとって本格的な海外展開の一歩である。こうした「攻め」の経営に転じることができるようになったのは、収益基盤の再構築に一定のめどが立ったからこそである。

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