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グローバル化を阻む日本企業の「グローバル本社」

文=此本臣吾(野村総合研究所社長) 機能的な組織に設計を
 一般に事業のグローバル化によって海外売上高比率が高まれば、利益もそれに伴って拡大することが期待される。日本企業は2010年以降、先進国市場に加えて新興国市場の開拓を進め、グローバル展開を加速してきた。ところがデータを見る限り、売り上げの伸びに利益が追い付いていないのが実情である。

 日本企業は事業部門が強いため、グローバル展開も現場主導での拠点設立が進められがちである。そして、海外拠点ごとに当初派遣される日本人駐在員が組織や業務を設計していくので、各拠点の経理やITなどの機能別の業務プロセスがバラバラになってしまう。

 このため、日本の本社が海外拠点を横串にして情報を集約しようとしても、仕組みがバラバラなので駐在員と本社の日本人社員の間で個別に複雑な調整(すり合わせ)業務が必要となる。拠点が少ないうちは機能しても、拠点が増え、海外企業の買収などで経営陣に外国人が加わるようになると、人手に頼る調整はもはや不可能となる。

 つまりグローバル事業がある一定以上の規模になると、業務プロセスごとに業務やそれを支える情報システムの標準化を進めないと、膨大な管理コストが発生する。経営がグローバル化していないと、事業がグローバル化するほど管理コストが膨張する問題が顕在化してくるのだ。

欧米は小さな組織、強い権限


 事業がグローバル化している欧米企業では、各事業や地域で標準化が義務付けられる機能と、それぞれ独自に構築できる機能とが明確にされているのが一般的である。前者の機能については、事業部門の上位に位置付けられるグローバル本社が統制の役割を担っている。

 グローバル本社は、最高経営責任者(CEO)とCEOを支えるCEOオフィス、執行(COO)、戦略(CSO)、財務(CFO)、マーケティング(CMO)、人事(CHRO)、研究(CTO)、情報システム(CIO)など、少人数の機能別の責任者(いわゆるCxO)を中心とする組織である。

 日本企業の本社と比較すると驚くほど小さい組織で、事業会社の執行の管理監督、事業会社に属さない大型の新事業開発や事業ポートフォリオの組み替え、そして全体最適の観点から事業への経営資源配分の意思決定を行っている。このようなグローバル本社は、現在の日本企業の代表的な本社と比べると次の点で異なっている。

3つの決定的な相違点


 第1に、グローバル本社は戦略と統制に特化したスリムな体制で、定常的な管理機能は存在しない。これらはシェアードサービスや外部業者に、また地域固有の業務であれば地域統括会社に移管されている。

 第2に、グローバルに強い統制権限を持っている。管理会計、調達、IT投資などを標準化し、スケールメリットを効かせるとともに、グローバルで経営情報収集を行う際に前掲のような膨大な手間が生じるのを防いでいる。グローバルで業務プロセスを共通化することは、各地域で優れた事例(ベストプラクティス)をグローバルで展開して競争力を強化することにもつながっている。

 第3に、グローバル本社が手がけるのは全社レベルの戦略決定であり、企業の命運に関わるような戦略の議論が日常的に行われている。欧米企業が大型M&A(合併・買収)や事業売却をダイナミックに行えるのは、大きな戦略決定権限を持つ本社があるからだともいえる。

 対して日本企業では、個別事業の細々した事案でも本社と事業部門とが調整を重ねて進められる。経営会議や取締役会でも多数の案件が付議されるため、重要な事案の議論に十分な時間を割けないことも少なくない。

 経営のグローバル化とは、複雑化するグローバルな事業を、標準化された業務とITによって最小限のコストで、かつ多国籍化された経営チームでもマネジメントができるようにすることである。その実現には、業務プロセスの簡素化と、それをつかさどるグローバル本社の組織設計がカギとなる。
【略歴】
此本臣吾(このもと・しんご)85年(昭60)東大院工学系研究科修了、同年野村総合研究所入社。95年台北支店長、00年産業コンサルティング部長、04年執行役員、10年常務執行役員、15年専務執行役員、16年から現職。著書に『2020年の中国』など。


日刊工業新聞2016年10月17日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
個人的に最も遅れていると思うのは人事だと考える。「人事屋」ではないCHROの役割は極めて大きい。

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