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電力と全面対決、ガス小売り自由化「2.4兆円市場」の行方

「顧客の2―3割がほかの事業者に切り替わる」(東ガス社長)
 2017年4月のガス小売り全面自由化をにらんだ動きが、本格化してきた。経済産業省が家庭向けの都市ガス小売りに参入する事業者の登録受け付けを8月1日に始め、関西電力が先陣を切って申請に踏み切った。東京電力ホールディングス(HD)グループや中部電力も参入の準備を進めている。一足先に全面自由化された電力分野を含むエネルギー市場全体に、大きな地殻変動をもたらしそうだ。

 政府が進めてきた都市ガス事業自由化の最終段階として、これまで許可制だった家庭向けや商店向けの小売り事業が、17年4月から登録制に変わる。

 地域独占の仕組みがなくなるほか、ガス料金への規制も原則として撤廃され、激しい価格競争が始まる。対象となる年間ガス使用量10万立方メートル未満の小口需要家の市場規模は、2兆4000億円に上る。


ニチガスが東電から仕入れ


 東京ガスの広瀬道明社長は「顧客の2―3割がほかの事業者に切り替わる」と想定。「新規参入事業者がうちより安い料金で顧客を奪おうとしてきたら、値下げせざるを得ない。異業種と組んで、サービスも拡充する」と対策づくりを急ぐ構えだ。

 もともと都市ガス各社はガスの保安やガス器具の販売・点検・修理などの対面営業を長年手がける中で、顧客との信頼関係を築いてきた。この牙城に攻め入るのは容易でない。

 小口需要家向けの市場規模は、都市ガス市場全体の規模(5兆円)の半分以下にとどまり、先ごろ自由化された家庭向け電力市場の8兆円と比べても小さい。このため電力各社は家庭向けの直販と並行し、すでに家庭向けで実績がある中堅都市ガス会社へのガスの卸供給や、大口客向けの拡販にも一段と力を入れる方針だ。

 東電HDグループは手始めに、電力分野で協力関係にある日本瓦斯(ニチガス)に17年4月から都市ガスを卸供給する。供給量はLNG換算で年間24万トンに上り、拡販目標の4分の1を達成する。

 ニチガスは従来、都市ガス事業の商材となるガスの大半を、ライバルの東京ガスから仕入れていた。東電HDグループのLNG調達力を生かし、電気に加えてガスも安く売れる仕組みを確立する。

 ニチガスの和田真治社長は東京ガスの現行料金より「1割程度安い料金で都市ガスを供給する」と意気込む。他の電力会社の間でも今後、こうした合従連衡が加速しそうだ。

大口需要家向けは「未熱調ガス」で


 一方、大口需要家向けの営業では当面、熱量を調整しない「未熱調ガス」の拡販が、電力各社の重要課題となる。一般に電力各社は自社保有のLNG基地と火力発電所を自前の導管でつなぎ、未熱調のガスを輸送して発電の燃料に使う。

 導管沿線に工場などを構える需要家の間では、発電所と同様に熱量調整の必要がないボイラ用の燃料などとして、都市ガスより安価な未熱調ガスの供給を望む声が多い。電力会社にとっては、未熱調ガス専用の導管を整えていない都市ガス会社との差別化につながる。

 今まで電力会社が自前の導管でガスを外販する行為は、非効率な投資を防ぐ「二重導管規制」で対象地域を制限されていた。全面自由化を受けて同規制も一定条件で緩和されるため、電力各社は導管新設も含めて、未熱調ガスの拡販に向けた体制を整える考えだ。

 大口需要家向けで電力各社は、電気やガスを顧客ごとに最適な方法で提供し、エネルギーコストの包括的な引き下げを指南する提案型の営業で、大手都市ガス会社と覇権を争ってきた。未熱調ガスを拡販できれば、提案力が高まると期待する。

「ガス、電力ともに値下げ圧力が強まってきた」


 電力に続く都市ガスの小売り全面自由化を機に、大口需要家の間でもガスの購入先を見直す機運が高まりつつあり、「ガス、電力ともに値下げ圧力が強まってきた」(都市ガス会社幹部)との指摘もある。

 各社の激しい攻防が、電力を含むエネルギー市場全体の勢力図を大きく塗り替える可能性がある。
(文=宇田川智大)
日刊工業新聞2016年8月24日「深層断面」から抜粋
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
東電HD傘下の東京電力エナジーパートナーや中部電力、九州電力、四国電力なども参入への準備を進めている。東電HDグループは年間調達量が2500万トンに上る国内最大のLNG輸入業者で、燃料関連事業の統合でパートナーとなった中部電と合わせたLNG調達量は世界最大規模。両社は規模の利益を生かしてLNGを低コストで調達し価格競争に挑む。東電HDグループは大口客に対して15年度は、LNG換算で134万トンのガスを販売。家庭向けへの参入をきっかけにして、販売量を今後10年間で100万トン引き上げる計画。

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