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「中小企業白書」が映し出す課題。賃金上昇と人手不足は二律背反か?

現在の雇用形態を再定義することが糸口に。徒弟制度や暖簾分けで技術移転を
 政府が4月末に決定した2015年版中小企業白書は、市場開拓やイノベーションへの挑戦意欲の有無が、中小企業間での収益格差をもたらすことへの懸念を示している。目下の景気回復は産業界全体にとっては追い風だが、賃金上昇や深刻化する人材不足は中小にとって成長の阻害要因。企業を取り巻く経済情勢がめまぐるしく変化するなか、求められる施策が多様化している現状が浮き彫りになっている。

 ■警鐘1/収益格差の拡大
 15年の白書でまず問題提起したのは、同じ規模の中小企業同士の収益格差が拡大している現状だ。企業を規模別に大企業(資本金1億円以上)、中規模企業(同1000万円から1億円)、小規模企業(同1000万円未満)に区分し、さらに利益率で上位25%と下位25%の平均値の分析によると、1980年代以降、その差は拡大傾向にある。とりわけ小規模企業で上位と下位の差が大きくなっている。

 高収益企業を規模別に比較すると、小規模企業の平均利益率が00年以降、大企業平均を凌(しの)いでいることも分かった。こうした企業は優秀な人材の確保・育成や技術開発の拡大への意識が強いと分析。イノベーションが収益拡大につながる好循環をもたらしている。

 ■警鐘2/進まぬ販路開拓
 販路開拓に取り組んでいない企業が製造業やサービス業では3割、卸売業でも2割に上ることが分かった。また市場ニーズの把握状況別に、売り上げ目標の達成状況をみると、新規市場は既存市場を開拓する場合に比べ、売り上げ目標の達成度合いは総じて低く、販路開拓の難しさがうかがえる。ただ、国内市場が縮小するなか、既存顧客に依存することなく商圏や事業領域を拡大する戦略は不可欠となる。

 市場開拓がうまくいっていない企業にとって最大の課題は、販路開拓を担う人材不足と市場動向を収集・分析するマーケティングが十分できていないこと。人材不足と認識する企業の半数以上が、外部からの人材獲得も実現できておらず、「コストに見合う効果が期待できない」としている。そもそも、人材の獲得方法が分からないとの声もある。白書では外部ノウハウの活用も含め、「『よいもの』を作る発想から『売れるもの』を作る発想への転換が重要」と指摘。「市場のニーズを取り入れたり、デザイン力を高めるなどブランドを構築することで新たな販路開拓の可能性が広がる」としている。

 ■警鐘3/深刻化する人材不足
 人材不足は全国的に高まっている。従業員の過剰感を示す指数(「過剰」と答えた割合から「不足」の割合を差し引いた値)は、14年10月―12月期には08年のリーマン・ショック以降で最低となった。必要な人材が「確保できている」割合はわずか4割にすぎず、理由についても「応募がない」が6割に上る。人材不足は販路開拓のための営業人材にとどまらず、研究開発や製造、IT関連など多岐にわたっており、とりわけ現場や経営を主導する「中核人材」の不足感が強いとしている。

 中小企業にとって採用手段の主流はハローワークや知人や友人の紹介。「顔がみえる採用手段」を重視している様子がうかがえることから白書では、人材確保の方策を多様化する必要性についても指摘している。ただ、現在のように人材の奪い合いが激化する局面では、自社ホームページでの情報発信力を高めたり、人材紹介会社など外部資源を活用しても、採用につながるとは考えにくい。新卒採用の過半数が3年以内に離職していることからも中小企業が人材確保と同時に、中長期的な育成・定着にどう取り組むかは、引き続き大きな課題といえる。

【小規模企業白書 初刊行/親族で家計支える姿浮き彫りに/消費頼み「風まかせ経営」脱却を】
 小規模企業白書は14年6月に成立した小規模企業振興基本法に基づくもので、今回初刊行となる。小規模事業者は製造業で従業員20人以下、非製造業は5人以下で、全国385万の中小企業の約9割を占める。地域経済や生活に密着した事業形態であることはイメージできるものの、その経営実態や直面する課題について詳細に分析するのは初の試みとなる。

 まず、事業所数は86年以降、減少傾向にあり、小売業はピーク時から5割も減っていることが明らかになった。小規模事業者の中でも特に個人事業者は7割が親族によって支えられており、家族や親族全体の収入によって家計を支えている姿も浮き彫りに。また地元出身の従業員が事業を支えており、経営者の9割が戦力となっていると評価していることからも、小規模事業者は地域経済の担い手であり雇用の受け皿であることがうかがえる。

 他方、事業承継をめぐっては厳しい現実に直面している。現経営者が事業を次代に譲ることをちゅうちょするのは、収入や生活面での不安が背景にある。現経営者の半数超は先代を扶養しておらず、逆に2割が先代からの資金援助を受けていることも、脆弱(ぜいじゃく)な生活基盤の表れとみることができる。白書では、経営の不安定期の経営者は「事業収入とそれ以外の収入を合わせて生計を維持する」経営者が4割近くに上ることを指摘。セーフティーネット対策の重要性を強調。親族内で事業承継した際の共済金の支給額引き上げを目指す法改正が検討されているのはこのためだ。

 今回の白書でユニークなのは、事業の好不調の理由を経営者がどう受け止めているか分析した点だ。事業が好調だった時代には「経済全体が成長していた」「消費者の購買意欲が旺盛だった」と捉えており、逆に、事業が不調な時代は「経済全体が停滞」「消費者の購買意欲が減退」と、裏返しの回答となる。白書ではこうした経済成長や消費頼みの「風まかせ経営」から脱却し、能動的な経営が必要と指摘している。
日刊工業新聞2015年05月11日 中小・ベンチャー・中小政策面
山口豪志
山口豪志 Yamaguchi Goushi Protostar Hong Kong 董事長
利益率の乖離の問題と、雇用の労働者数不足の問題とは非常に難しい。雇用を増やしていくと利益率は圧迫される。また、雇用についても誰でもが出来る業務が募集されるのではなく個々の適性を見極める、いわばマッチングの精度が必須となる。だが、一見すると二つの問題に見えるコトを同時に解決するのは一つのアイデアの様に思う。それは既存の雇用形態ではなく、昔ながらの徒弟制度や暖簾分けの様な形での技術移転などが実は今こそ必要になるのでは、というような古今東西の働き方の現代への転用というのはヒントになりそう。また、現状の雇用形態を新しく再定義する様な振興サービス(シェアリングエコノミー、クラウドソーシングなど)にもヒントがあるだろう。

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