脳梗塞は「生活習慣病」ではなく「性格習慣病」!?

<情報工場 「読学」のススメ#12>41歳で“脳が壊れた”ルポライターが「異世界の経験」から学んだこと

**病院のトイレの個室に突然見知らぬ老紳士が出現  脳梗塞という病気について、どのくらいのことをご存知だろうか? 身内や身近な人の中に発症した人、あるいは自身が罹った経験のある人もいるかもしれない。私事で恐縮だが、筆者も実父をこの病気で亡くしている。  脳梗塞は、簡単に言えば脳の血管がつまることで生じる疾患で、脳卒中(脳血管疾患)の一種。脳卒中は2010年まで日本人の死因第3位(厚生労働省調査。2011年から3位は肺炎となり4位に)で、今でも保険会社では三大疾病の一つに数えている。その脳卒中の約60%を占めるのが脳梗塞だ。  脳梗塞が恐ろしいのは、ある日突然発症することと、命が助かっても後遺症として脳機能障害が残る確率がきわめて高いことだ。『最貧困女子』(幻冬舎新書)などの著作で知られるルポライターの鈴木大介さんが自身の脳梗塞の闘病経験を綴った『脳が壊れた』(新潮新書)には、後遺症による感覚や行動の不自由さがリアルに表現されている。そして発病をきっかけにした心と「生き方」の変化が感動的に描かれるドキュメンタリーだ。  鈴木さんはフリーランスとして超多忙な生活を送っていたある日、左手指が痺れて動かなくなる。それからしばらくたった朝、原稿を書くためにパソコンの音声入力(片手が動けなくなったため導入していた)を使おうとした時に、「しゃべれない」ことに気づく。呂律が回らず、視界が歪む。歩行はできたため、すぐに脳神経外科を受診、緊急入院することに。41歳だった。  幸い命に別条はなかったが、鈴木さんは高次脳機能障害者としてリハビリテーションに励むことになる。  鈴木さんは右脳に障害を負ったため、「左側」の認識が困難になった。病院のトイレの個室に突然見知らぬ老紳士が出現する。これは左側にその老紳士がいたのに、顔を左に向けるまでその存在をまったく認識できなかったということだ。また、真正面にいる相手と話す時にも、顔が横に向いてしまう。さらに、右側にいる人に注意が向くと、凝視してしまい、目が離せなくなる。  リハビリ中であっても、歩行に支障はなく、見た目は「普通」に見える。だが、本人にしてみれば、以前できたことで「できなくなったこと」が山ほどある。鈴木さんは、できないことが「他者にわかってもらえない」経験が何より辛かったという。  こうした「他者との関係」が、本書を貫く重要なキーワードといえそうだ。 <次ページ:脳梗塞は「生活習慣病」ではなく「性格習慣病」!?>  脳梗塞は、いわゆる生活習慣病の一つであり、不規則な生活、飲酒・喫煙、ストレスなどが発症の原因となるとされている。鈴木さんの場合、フリーランスであったものの、自己を律し、比較的節制した生活を送っていたようだ。県の無料健康相談で高血圧が指摘された後は、その時に指導された減塩食生活を続けてきた。  ではなぜ発症したのだろう? 鈴木さんはそれまでの自分を振り返り、これは「生活習慣病」ではなく「性格習慣病」ではないかと思い至る。「生活」ではなく、鈴木さん自身の「性格」に問題があったということだ。  41歳という若さで脳梗塞に倒れた理由を、鈴木さんは「自業自得」と結論づける。そして、自らの性格や行動傾向を「背負い込み体質」「妥協下手」「マイルール狂」「ワーカホリック」「吝嗇(ケチ)」「善意の押し付け」と列記。どれも「自己中心的」という言葉に集約できそうな短所ばかりだ。  とくに大きかったのが、妻の千春さんとの関係。家事全般に「マイルール」を決め、テキパキと自分でやってしまうのは、夫の大介さんの方だった。注意散漫な傾向がある千春さんがグズグズしていると、家事を取り上げ、自分でやってしまう。そしてイライラする。たくさんの仕事を背負い込んだ上に、(自分が奥さんから取り上げた)家事の負担が重なり、余計にストレスを溜めていく。高血圧の原因ともなり、しまいには脳梗塞発症に至った。  鈴木さんは、先に列記した自らの性格のうち、最大の欠点が「善意の押し付け」ではないかという。「妻のため」と思ってやってきたことが、実は「相手が望んでいること」ではなく、「僕がそうしたほうが良いと思っていること」にすぎなかった。一方の千春さんは、相手が「してほしいと思っていること」を察して行動するタイプだ。夫婦仲がとくに悪かったわけではないが、(大介さんが原因の)二人の歪んだ関係が、彼自身の健康を損ねていったということだ。  脳科学の世界的権威であるマイケル・S・ガザニガは、著書『〈わたし〉はどこにあるのか』(紀伊国屋書店)の中で、他者の脳との相互作用の重要性を強調している。研究者は脳の機能を単体で見がちだが、実際には脳と脳が交流することで、単体にはない機能が発揮できる。逆に、もし他者の脳と一切触れ合うことがないとすると、脳内のインタープリター(自己認識や意思を生むプロセス)が暴走し、「独りよがり」の意思決定しかできなくなる。他者との関係は、脳の機能にも重要な影響を及ぼすということだろう。  鈴木さんは、その後大きく回復したものの、緊急入院から7カ月たった今でも、注意欠陥、パニック、話しづらさといった障害が残っているそうだ。だが、それまでの間に、自らの性格、そして妻の千春さんや実親との関係を反省し、改善を図ってきた。そして「人の縁」の大切さを、身にしみて感じるようになった。  もちろん、鈴木さんの言う「性格習慣病」が脳梗塞の原因として医学的に証明されたわけではない。また、彼が列記した性格や行動傾向があるからといって脳梗塞を発症するわけでもない。だが、心身の健康を保つ上で、生活習慣と一緒に自分の「人との接し方」「関係のつくり方」を振り返ってみることは決してマイナスにはならないはずだ。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部) 『脳が壊れた』 鈴木 大介 著 新潮社(新潮新書) 234p 821円(税込)

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