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小野薬品の人気抗がん剤が問う新薬開発と医療費抑制

不適切な利用で薬剤費がかさむ。議論は承認審査の仕組み自体に波及
 小野薬品工業が2014年9月に発売した抗がん剤「オプジーボ」は、多くの患者が待ち望んでいた非小細胞肺がんなどの特効薬だ。十数年を費やし開発した画期的な新薬で、薬価が高水準に決まり、同社の急成長をけん引する。一方で政府は高騰する医療費の抑制の対応に迫られている。オプジーボの高い薬価にも意見は分かれる。新薬開発に膨大なコストをかける製薬会社、特効薬を使いたい多くの患者、医療費の抑制を求める政府、それぞれの立場を納得させる案の策定は至難の業だ。

 医療用医薬品市場ではオプジーボが話題になっているが、高額な医薬品全般に対する風当たりは15年以降、強まりつつある。まず15年12月、中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)で「特例拡大再算定」が16年度から導入されることが決まった。年間販売額が大きい医療用医薬品の薬価を最大50%引き下げる制度だ。

「ソバルディ」がやり玉に


 やり玉に挙がったのは、ギリアド・サイエンシズ(東京都千代田区)のC型肝炎治療薬「ソバルディ」。注射剤を使った従来療法に比べて半分以下の12週間で治療ができ、臨床試験では実に96・4%もの患者が治癒した。収載当初の薬価は1錠(1日分)6万1799・30円だったため、短期的な医療財政への影響が懸念された。

 16年4月には、高額医薬品は薬価収載自体を慎重に進めるべきだとの意見が出てきた。議論のきっかけはアステラス・アムジェン・バイオファーマ(東京都千代田区)の高コレステロール血症治療薬「レパーサ」。同剤はスタチン系と呼ばれる既存薬での治療効果が不十分な事例や、遺伝疾患である家族性高コレステロール血症を適応として同年1月に承認を受けた。

 だが4月13日の中医協総会では、臨床現場の医師が同剤を通常の高コレステロール血症患者に処方してしまう懸念が示された。薬価は1キット2万2948円であり、不適切な利用が続くと薬剤費がかさんでしまう。

 厚生労働省は用法に関する留意事項を発出して適正利用を促す旨を回答したが、議論は承認審査の仕組み自体に波及。中川俊男委員(日本医師会副会長)は「予想される薬価や市場規模を度外視している。

 不十分なデータで審査をしていると言わざるを得ない」と指摘し、抜本的な見直しを求めた。中川委員は6月22日の中医協総会でも検討の進捗状況を問いただしており、厚労省は対応を急がざるを得ない状況だ。

製薬企業は“もうけすぎ”?


 高額薬剤が狙われる背景には、製薬企業の“もうけすぎ”に対する批判がある。東海地方の市民病院の関係者は、「(医療に携わる)皆が貧しくなるなら耐えられるが、製薬企業はそうなっていない」と主張する。この関係者によると、病院の売上高経常利益率は高くて6―7%だという。だが大手製薬企業は15%以上になる例も珍しくない。

 日本製薬工業協会(製薬協)は4月の官民対話で、社会保障費の伸びを薬価切り下げで補い続けるのは難しいと主張した。だがその後も薬剤費削減の圧力に歯止めがかかる気配はない。「消費増税が先送りされ、社会保障費のパイが拡大しない中では製薬業界が負担を受け入れざるを得ない」(社会福祉法人幹部)。

 こうした中で厚労省が今後、高額薬の使用条件を厳格に定めた医療機関向け指針の作成に乗り出すという観測も出ている。オプジーボやレパーサがその対象になり、販売の伸びに影響する可能性もある。

インタビュー・相良暁小野薬品工業社長


「専門医と相談し自主的に適正使用の説明書を策定した」


 ―16年度の抗がん剤「オプジーボ」の新規使用患者は約1万5000人と推定しています。
 「大半が非小細胞肺がん患者への適用だ。オプジーボの効用と限界が十分に分からない段階から待ち望む患者も多く、アンメット・メディカル・ニーズが予想以上に高かった。15年末に肺がんの追加適用認可を取得し2、3月に一気に増えたのを見ても大きな期待を感じた」

 ―今後取り組む課題は。
 「他のがんの追加適用拡大を予定通り進めていくこと。肺がんと同規模(年間発症者10万7000人)の患者がいる胃がんは第3相臨床試験を予定するが前倒しのため全力で取り組む。他の抗がん剤と併用で治療効果が飛躍的に上がる可能性もあり併用療法の研究も進める。オプジーボの過剰投与を減らすため薬の効きやすさを判断するバイオマーカーの探索も続けている」

 ―患者の安心安全や医療費抑制のため適正使用の推進が必要です。
 「専門医と相談し、自主的に適正使用の説明書を策定した。副作用のリスクを考慮し、健康状態の良好な患者への投与を推奨。また副作用へのモニター対策や対応ができ、肺がんなど専門医がいる医療施設であることなど適切な患者の選択と安全体制を確保する医療機関に対し適正使用をお願いしている。こうした説明書は厚労省からも高い評価を得ている」

 ―17年3月期の連結売上高は前期比990億円増の2590億円を見込み、うちオプジーボが同1260億円を占めます。
 「オプジーボの使用患者、新規投与患者数、男女の平均体重を基にした月平均薬剤投与費などから算出した業績で大きく上ぶれはしない。当面は売り上げに対する研究開発比率を25%程度に抑え、研究開発費800億―1000億円を目指す」

 「オプジーボが寄与し、数年は成長し続ける一方で薬価改定による引き下げも見込まれる。オプジーボに続く新薬の研究開発に向け、超一流になる可能性の高い創薬VBの目利きや研究機関との共同研究を強化していきたい」
(文=大阪・香西貴之、斎藤弘和)
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日刊工業新聞2016年7月27日「深層断面」から抜粋
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
27日の中医協総会では、高額な薬品の適正使用に関して年内に基本的な考え方をまとめ、年度末までに指針を策定することになった。製薬会社の新薬開発は10―20年かかり、研究開発費は約500億円にも及ぶが開発成功率は約3万分の1と低い。それでもオプジーボのような新薬の誕生が企業に急成長をもたらす。ただ今後はアンメット・メディカル・ニーズ(未充足の医療ニーズ)を中心に研究開発の難しさが増す中、ブロックバスターまで成長する新薬の誕生は難しい。日本は15年度世界2位の医薬品市場だが、医療用医薬品の全世界売上高は武田薬品工業の19位(エバリュエートファーマ調べ)がトップと企業体力は海外勢に劣る。医療費高騰抑制の一方で、画期的な新薬開発につなげる環境整備も日本の課題だ。

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