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農学部出身者がベンチャーを変える!辻、出雲が語るそのポテンシャル

「文系と理系の中間」―広範な学問が有機的に結びつきエネルギー、環境、食料、医薬、金融までも
 農学部出身者はベンチャーを変えるか―。最も旬な2人の起業家、マネーフォワードの辻庸介社長、ユーグレナの出雲充社長へのインタビュー。そもそも農学部は「文系と理系の中間のような学部」(辻社長)という存在。対象とする範囲は広く、「農学は生命科学から生物資源学、環境科学、工学、経済学、社会科学まで広範な学問分野が有機的に結びついた総合科学」(丹下健東大農学部長・大学院農学生命科学研究科長)とされる。

 辻社長、出雲社長以外にも農学部で学んだ気鋭の経営者としては、再生細胞薬を開発するベンチャー、サンバイオの森敬太社長(東大卒・同大院修了)がいる。東大農学部の場合、約6−7割が大学院に進む。京大も傾向は似ており、辻社長は「大学院に進まなかった私はむしろ異端」というほど。ただ、企業に就職する学生も一定程度おり、就職先も伝統的な就職先である食品や化粧品、製薬だけではなく、コンサルティングファームなど多様になっている。

 【マネーフォワード 辻庸介社長】
 ―京都大学で農学を学びましたが、社会に出てからは農学に全く関係ない道を歩んできました。現在は、お金の出し入れをパッと把握するアプリケーションを提供するマネーフォワードを経営しています。
 「大学を選んだころ、私は生物と経済がやりたかった。大学は、そのうちの生物を選んだということ。生き物はなぜ動いているんだろう、なぜ生きているんだろう、生命体の仕組みとは何だろう―。こんな関心が強かった。生き物って本当に面白い」

 ―農学を学び、役立ったことはありますか。
 「私の場合、論理的な考え方と(こういう時に他人はどう感じるのか、と想像するような)他人への“文系的”な感じ方の両面を身につけられたと思う。そして、農学は研究対象が自然現象であって、そちらが真実として存在する。その前では人間は無力。人間が作ったものではなく、すでにあるものを対象に研究する人は謙虚になるはず。実験は順序立てて進めるが、失敗しても相手のせいにはできない。相手は何といっても生き物。結果に対して素直にならざるをえない」

 ―生体バランスを情報に換えられれば、ビジネスチャンスがあると見ていますね。
 「人間も生き物で、生体のバランスがちょっとしたことを決定づける。人体のさまざまなデータを取り、経時変化から傾向をつかみ、その人のパフォーマンスが最も高くなる状態、低くなる状態を把握できないかと真剣に考えている。お金の管理もそうだが、見える化(可視化)すれば、改善の方法は見えてくる。マネーフォワードでお金の流れは見える化できた。お金は情報なのでITと相性が良かったが、ヘルスケアも同様に相性が良い。次はヘルスケアだ」

 (プロフィール)
 辻庸介(つじ・ようすけ)2001年京大農卒、同年ソニー入社。04年マネックス証券出向、09年ペンシルベニア大ウオートン校MBA取得。12年マネーフォワード設立。大阪府出身、38歳。

【ユーグレナ 出雲充社長】
 ―微細な藻類「ユーグレナ(和名ミドリムシ)」を元に食品や飲料、化粧品を製造しています。事業自体が農学に直結していますが、そもそも農学との出合いは。
 「高校生のころ、国連で働きたいと思い国連で活躍する人の例が多い東大の文科三類に進んだ。一番携わりたかったのは、貧困撲滅を目指す国連開発計画(UNDP)。そのための良い予習だと思い、大学1年の夏休みにバングラデシュでNGO(非政府組織)のインターンシップ(就業体験)の機会を得た」

 ―そこで栄養失調に見舞われた子どもを目にします。
 「栄養の偏りをなくすのに、国連の官僚機構ではなく、もうちょっと技術寄りで何かできないかと思うようになり、農学部に進んだ。そして見つけたのが、豊富な栄養素を持つユーグレナ。さすがに『あるところにはあるな』と思った。私の場合、根源的、学問的な『なぜ?』を追求する理学ではなく、実学の農学からユーグレナという生き物に出合った」

 ―課題はユーグレナの大量培養技術の確立でした。ただ起業した時、「大量培養できるから、それを生かして事業をやる」という順番では決してありませんでしたね。
 「大量培養できるかは分からない、だけど必死に何とかするんだ。そう思って起業した。それがベンチャーではないか。農学も実はそうかもしれない。例えば、新たなコメの品種を開発する時、何千種と播種(はしゅ)(種まき)していく。(こうすればこうなるという)結論ありきではない。その意味でベンチャーは農学だ、と言いたい」

 ―ここ20年ほど遺伝子を解読し組み替え、「こうすればこうなる」という機械工学的な発想が強かったかもしれません。
 「遺伝子解析は演繹(えんえき)的なやり方。そういった分野は米国が2周進んでいる。だが、農芸化学がこれほど圧倒的に進んでいるのは日本だけ。微生物と戦う欧米型の発想ではなく、醸造や発酵にみられるように、微生物との共生があり、生物のインタラクション(相互作用)の中から物質を作る。演繹的ではなく帰納的。こうした農学的なアプローチは、日本の国民性に非常に合っている」

 (プロフィール)
 出雲充(いずも・みつる)2002年(平14)東大農卒、同年東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。03年ムーサドットコム取締役などを経て05年ユーグレナ設立。広島県出身、35歳。
(聞き手=米今真一郎)
 
 <出雲社長をもっと知るために~2014年06月23日掲載記事>

 「アミ イズモ(私は出雲と申します)」―。5月下旬、来日したバングラデシュのシェイク・ハシナ首相と面会した出雲充は、ベンガル語でユーグレナが今年から本格的に始めた「ミドリムシ給食」の取り組みを紹介した。会話はわずか2分程度だったが、彼女から温かな母性を感じ、強い感動と使命感が沸き上がってきたという。
 
 出雲が最初にバングラデシュを訪れたのは、1998年の夏。東京大学1年生の時にグラミン銀行のインターンシップとして食料問題の現実を目の当たりにした。帰国後、文科三類から農学部に進むことを決意する。

 その後、出雲たちは、動物と植物の両方の性質を持つ藻類「ミドリムシ」の大量培養の技術を確立、05年に起業し今や時の人に。しかし心の中には、ずっと原点であるバングラデシュのことを気にかけていた。12年末に上場し、出雲は「一区切りついたのでそろそろ再訪してもいいだろう」と昨年、15年ぶりに現地に出向いた。

 期待していたのは、あの時と同じ街中に響く人力車の「チリンチリン」の音色。ところがダッカの空港を降りると、日本の中古車が行き交い、ほとんどの人が携帯電話を持っていた。もっと驚いたのは食生活。みんなが食べているものは昔のままのカレーで、栄養失調の人が依然あふれている。

 ユーグレナの使命はミドリムシで世界中から栄養失調をなくすこと。そして国産のバイオ燃料を作ること。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催の年に、バイオ燃料で民間旅客機が飛ぶのは話題性十分。しかし出雲は「21年からが大事なんだ」という。

 おそらく日本は“祭りの後”に、それまで目をつむってきたさまざまな問題が露呈するだろうが、ミドリムシは世界の人たちを驚かすことができる夢の続きの一つ。

 国連などによると、2050年に世界人口は92億人(現在は約70億人)。今、栄養失調人口は10億人だが何も手を打たなければ35億人まで増える。「栄養失調人口を5億人にしたい。ミドリムシ以外でもいろいろな研究が進んでいる。栄養失調人口が減っていることが社会に希望を与える」―。出雲が描く2050年の夢は明快だ。

 上場したことで株主も多様化したが、大半が出雲の夢を応援する人ばかり。ただし、バングラデシュでミドリムシ入りクッキーを配給するプロジェクトも、決してボランティアでやっているわけではない。ムスリム(イスラム教徒)人口は2030年には世界の25%超になると予想され、購買力の向上も期待できる。国別人口で第4位を占めるバングラデシュで成功すれば、イスラム圏での商売がしやすい。すでに中東でミドリムシ食品の販売を検討中だ。
 
 「バングラデシュは日本より遠隔医療が進んでいる。僕にとって過去ではなくあそこには未来がある」と出雲。何を成したいのかを明確にして、繰り返し伝え続けること。何でもできるからすごいのではない、ということを彼は教えてくれている。(敬称略)
日刊工業新聞2015年05月05日 素材・ヘルスケア・環境面一部加筆・修正
加藤百合子
加藤百合子 Kato Yuriko エムスクエア・ラボ 代表
まさに農業の魅力を書かれています。農業は幅が広く、1人の農家でも植物生理から機械修理、土木、気象、なんでもこなす必要があります。加えて、地域社会とうまく関わらなければ、水や土地を得ることはできません。持論ですが、今見直されているリベラルアーツ(一般教養)は農業そのものだと思っています。ここが基礎となり、細分化した研究分野へ進むことも、リーダーシップを培い政治やベンチャー等へ進むこともできます。ドイツでは、農業がイノベーションの泉と認識されていて、工学系研究室がこぞって農業をテーマに研究し、そこで見つけた課題を掘り下げていくことが当たり前になっているようです。イノベーションが求められる日本、広い視野を持ち、複数の領域を勉強した農学部人材の活躍はこれからさらに増えるのではと期待しています。

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