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AI、ロボット、VRが、人間の意識と感覚を“拡張”する未来

<情報工場 「読学」のススメ#3>『スーパーヒューマン誕生!』(稲見昌彦著)
**「人間の代わり」だけではもったいない
 だいぶ昔に音楽雑誌で読んだ記事なので詳細はうろ覚えなのだが、機械と人間の関係について考えをめぐらせたときに、こんな話を思い出した。今でも第一線で活躍するある日本のミュージシャンがインタビューで語ったエピソードだ。

 そのミュージシャンが、英国の高名なプロデューサーにアルバムのプロデュースをオファーしたところ、快諾された。喜んだ彼は、そのプロデューサーに、コンピュータのプログラミング(打ち込み)による、自分一人で作り上げた音源をプレゼントすることにした。凝り性の彼は、その音源で英国の伝説的ドラマーの演奏を、空気感や独特のクセも含め細部にわたり完全に再現した。

 彼は「きっとびっくりしてくれるに違いない」とワクワクしながらその音源をプロデューサーに渡した。だが反応は意外なものだった。「こんなに生っぽく作るんだったら、(打ち込みではなく生身の人間である)セッションミュージシャンに叩かせればいいんじゃない?」

 その高名なプロデューサーは、機械の音楽を「人間に近づける」ことに意味があるとは思わなかった。おそらく機械を使うのだったら、人間では到底不可能なほどの細かく正確無比なリズムを刻ませる。あるいは既存の楽器では出せないような音色を奏でさせた方がいいと考えたのだろう。

 コンピュータやロボット、人工知能(AI)の使い方として「機械を人間に近づけて人間の“代わり”をさせる」という考え方がある。しかし、その考え方は「機械が人間の仕事を奪う」といったお馴染みの懸念に結びつきやすい。そもそも、ロボットやAIのポテンシャルは、「同じ作業を、人間より速く、正確にする」以上のものだ。「人間の代わり」だけではもったいない。

 「機械に人間ができないことをさせる」「その機械を人間が使うことで、人間の能力を拡張する」というのが、稲見昌彦著『スーパーヒューマン誕生!』(NHK出版新書)のテーマである「人間拡張工学」の基本的な考え方だ。その人間拡張工学を専門に研究し、自らさまざまなデバイス(装置・機器)の開発に関わる東大教授による本書で紹介される事例は、驚愕の先端技術のオンパレード。たとえばアニメ『ONE PIECE』のルフィのように「腕が伸びる」感覚が得られる装置、自分の意識を他者の身体に乗せるデバイスなども、現実に開発が進んでいるという。

ロボットやAIを「道具」の延長と考える


 「人間の能力を拡張する」のは、何もコンピュータ制御のデバイスやロボットに限らない。人類が太古から使っているさまざまな「道具」も、その時代に生きる人間の能力を広げてきた。マンモスを狩る時に使う石器だって、それまでできなかったことを可能にするという意味では、最新のデバイスと何ら変わりない。

 このように、「道具」の延長として最先端のAIやロボットを捉える視点は重要だと思う。機械は人間に「取って代わる」のではなく、人間の能力を超える機能を用いて、人間をアシストする。あくまで人間を「主」として協働する。それがこれからの理想的な機械と人間の関係ではないだろうか。

 本書では「メガネ」を例に、「道具」から「人間拡張工学」への進化を説明している。メガネは本来、近視などを矯正し、弱った視力を補うものだ。著者はこれを「補綴(ほてつ)」と呼んでいる。だが、時代を経るにつれ、メガネはファッションの一部として取り入れられるようになる。ここで「マイナス」を「ゼロ」に戻す補綴だけではなく「カッコよく」「かわいく」見せるという「プラス」の意味が加わる。

 そして、グーグルの「グーグルグラス」のようなメガネ型ウエアラブルデバイスが登場した。著者も研究開発に加わったメガネ型デバイス「JINS MEME」は、かけた人の頭部と眼球の動きを計測する。それによって自分の集中力の度合いなどを知ることができるのだという。いつ、どんな時に自分が集中できるのかがわかれば、集中力の鍛え方もわかってくる。

 さらに著者はこの「JINS MEME」の延長線上にある「アフェクティブ・ウェア」の研究を進めている。これは、私たちが自分で見ることのできない、喜怒哀楽の感情を抱いた時の表情の変化を測るメガネだ。どんな時にどういう感情を抱くかを知ることで、自分の感情をコントロールしやすくなるだろう。このようにメガネは「補綴」の役割を残しつつも、人間の能力を「拡張」するものへ進化しているのだ。
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冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
人工知能の世界的権威であるレイ・カーツワイルは、2045年に「人工知能が人間の知能を超える時」がやって来るだろうと予言しています。素人からすると、あまりに現実味がなくイメージがなかなかわきません。 ですが本書にあるように、人工知能を人間の能力を拡張できる道具として捉えると、多くの発想が生まれ、未来に楽しい期待ができそうです。人を排除するという意味での効率化ではなく、創造力にあふれた新しい世界をどう作っていくかに対する答えの一つは、そんな視点を持つことかもしれません。

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