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究極のランニングシューズを追求。アシックスのシミュレーション技術とは!?

人はどのような時に気持ちよく感じながら走るのか?定式化しにくい課題に向き合う
究極のランニングシューズを追求。アシックスのシミュレーション技術とは!?

ミッドソールのシミュレーションモデル(右は35万要素に分けたモデルの拡大図)

 シミュレーション技術を使った製品開発が一般的になったスポーツ用品業界で、スーパーコンピューターの活用が始まっている。アシックスは2013年に計算科学振興財団(FOCUS、神戸市中央区)の産業界専用スパコンを初めて利用。ランニングシューズのミッドソール材が変形する過程をシミュレーションすることで、部材の大幅な軽量化にめどをつけた。スパコンを使うシミュレーション技術は材料設計を飛躍的に進歩させる可能性を秘めている。

 【20年の歴史】
 スポーツ用品業界にシミュレーション技術が定着し始めたのが00年代。アシックスはそれを10年以上さかのぼる87年にシミュレーションシステムを導入した。当初は当時手がけていたゴルフドライバーやテニスラケットの設計に応用し、シューズに適用したのは96年。シューズだけでも20年の歴史を持つ。

 同社がFOCUSスパコンを利用したのは、自社でソール材料を設計する強みを最大限生かすため。従来は足関節の動きや部材のおおまかな変形を自社パソコンでシミュレーションしていたのに対し、今回はミッドソールの変形をマイクロメートル(マイクロは100万分の1)単位で捕捉するレベルまで踏み込んだ。材料設計の観点から構造を最適化することを狙った。
 そこでまずシミュレーションに使うモデル作りに着手した。同じく兵庫県内にある大型放射光施設「SPring―8」で材料サンプルをX線撮影し、1・75マイクロメートルピッチの2次元画像に変換。積み上げて縦525マイクロ×横525マイクロ×厚さ350マイクロメートルの立体モデルを作成し、35万要素に分けた。

 【つぶれる過程】
 シミュレーションでは、発泡構造の立体モデルに圧力をかけてつぶれていく過程を再現した。セル(気泡)サイズが異なるモデルを複数用意してシミュレーションし、セルの壁が曲がる様子などから問題を抽出。セルサイズや壁の厚みを調整し、クッション性や安定性、耐久性を維持しながら軽量化する条件を導いた。

 1度のシミュレーションにかかった時間は約1時間で、自社のシステムを使う場合の3―4日に比べ大幅に短縮できた。こうしたシミュレーションは1回で終わらないため、延べ時間で比べると大きな差が出る。スパコンを使うことで短時間でも高精度なシミュレーションが実現した。
 今回の成果は16年発売予定の同社フラッグシップモデルに反映される予定。ただし、「大幅な重量低減効果をそのまま生かすか、ほかの部材の強化に回すかは未定」(西脇剛史執行役員スポーツ工学研究所所長)という。同社は2020年に向けた技術ロードマップを定めており、その実現へ今後もスパコンを積極的に活用する方針だ。

 【定式化できず】
 ただ、ランニングシューズ開発にシミュレーション技術を用いるには課題もある。シミュレーションするには解き明かしたい現象を方程式に置き換える必要があることだ。難しいのはシューズの良しあしは一人ひとりの感覚に支配され定式化できない点。しかし、だからと言ってそれで諦めたら前には進めない。

 この点で西脇執行役員は「人はこういう時に気持ちよく感じるだろうとか、妥当な仮説を基にシミュレーションするセンスが求められる。そのために今後は心理学的な研究も必要になるかもしれない」と話す。

 定式化できない問題にあえて挑む同社の姿勢は、開発過程で試作と世界各国での試し履きを欠かさない点にも表れている。数値で測れる機能だけでなく、トータルの顧客満足を追求してきた結果がランニングシューズメーカーとしての評価の高さにつながっている。
日刊工業新聞2015年04月27日 モノづくり面
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
自分は市民ランナーでもないが、普通に歩いていても合うシューズとそうでないものは結構差がある。今後はウェアラブル技術も連動してくるだろう。NIKEやアディダスなどの向こうを張ってほしい。

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