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HALの“価値”に波紋―問われるイノベーションの対価

医療ロボ、世界で戦う戦略を
HALの“価値”に波紋―問われるイノベーションの対価

「HAL医療用」と山海サイバーダイン社長(左)

 イノベーションの対価は―。サイバーダインの装着型ロボット「HAL医療用」の診療報酬点数が適正なのか波紋が広がっている。同社が厚生労働省の基準で算定した価格に届かず、ドイツでの現行価格も大幅に下回った。HALは欧米で審査が進んでおり、日本の医療機関に支払われる保険償還価格が海外での価格交渉の足を引っ張りかねない。日本初の医療ロボを世界で戦える産業に育てようと政府を挙げて進めているさなか、背に弓が引かれた形だ。厳しい財政を受けて、イノベーションの芽が苦しんでいる。

算定根拠示さず/「低い価格」株価下落誘発


 2月10日、厚労省内で開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)でHALの診療報酬点数が示された。翌営業日の12日、サイバーダインの株価は15%超下げ、時価総額で567億円が消えた。海外の投機筋から空売りにあったとみられている。その後、株価は1週間で回復し地力を示したが、保険償還価格の算定根拠は示されていない。

 HALは内閣府と文部科学省、経済産業省、厚労省など国を挙げて開発を進めてきた技術が使われている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)はHALに総額4億円を投じて欧州での認可取得や臨床試験を支えてきた。3月には米国食品医薬品局(FDA)からの承認取得が期待されている。独では公的労災保険で保険償還が認められており、現在は一般の公的医療保険からの承認を目指している。脊髄損傷や脳卒中、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など幅広い神経筋疾患に治療の道を開いてきた。

 日本でも医薬品医療機器総合機構(PMDA)がHALを優先審査対象に選び、通常12カ月かかる審査期間を8カ月に短縮した。医療機器はまず海外で製品化され、日本市場への投入は遅れてきた。審査の迅速化はPMDAの努力の成果だ。サイバーダインの山海嘉之社長(筑波大学教授)は「省庁間連携やデバイスラグの解消が、本当にうまく進むようになった」と評価する。ところが最後に、株式市場で空売りを誘発するほど低い価格がついた。

外貨稼ぐ仕組み


 これまで海外の医薬品や医療機器の多くは、自国で値段を付けてから日本に投入されている。海外の定価は治療成績などに応じて支払機関にキャッシュバックすることが前提になっている。自国内で見かけの価格を高く保ち、日本などの輸出先での価格を下げさせない。特許で市場を守りやすく、価格競争に陥りにくい業界ならではの戦略だ。医療で外貨を稼ぐ仕組みができている。

 日本の価格を下げれば、海外から外貨を稼ぐどころか、海外の価格も引きずられる可能性がある。現実に「新薬の価値が認められていない」と、治療が始まっている薬を市場から引き上げたメーカーもある。ただHALには治療を待つ患者がいる。サイバーダインの宇賀伸二取締役は「最短の審査期間で、新医療機器の実用化にたどり着いた。行政や関係者のこれまでの努力をほごにしたくない」という。

 独の公的労災保険では3カ月で60回の脊髄損傷治療に対して3万ユーロ(約366万円)全額が保険で支払われる。1回の治療は500ユーロ(約6万1000円)。日本では初めの9回の治療に1回当たり3万8000円の値がつき、10回目以降は1万8000円となった。難病治療の加算がなければ9000円だ。適用対象疾患も患者数も異なるため一概に比較は難しいが治療60回分の価格は独の約3割に過ぎない。厚労省関係者は「リハビリと比べれば、今回の点数は低くない」という。ただHALは既存の医療にはできなかった治療法を実現した。

 日本では進行性の神経筋難病に適応されたため、治療回数に上限はない。宇賀取締役は「トータルでは独と同等の収入を確保する」と投資家に説明している。そのためには医療機関向けのHALのレンタル料を高く設定しなければならない。その分、医療機関の利益が減ってしまう。

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(文=小寺貴之)

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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
日本で安く治療を受けられれば患者にとっては恩恵です。安く市場に出して日本の医師が治療経験を積めば、長期的には世界から医療ツアーを呼び込めるのかもしれません。治療費を抑えられれば財源にもプラスに働きます。一方、日本発の医療産業の育成にはマイナスです。初めから価格を抑えると挑戦者がいなくなります。芽のある案件は高くても価値を認めて、継続的に臨床成績を集めさせ、その価値を示し続ける責務を課す。応えられなければ下げるのが良いと思います。これは評価側にも高い専門性が求められ、医学界や産業を導くくらいのが力なければ機能しません。なので、できないなら内資と外資の差別はすべきでないという意見もあります。私は挑戦してほしいです。 (日刊工業新聞社編集局科学技術部・小寺貴之)

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