事業のバトン、どう託す?経営者が語る親族外承継

AZホールディングスの籔内社長

 中小企業のオーナー経営者が「身内に後継者がいない」といった理由で、他社に事業譲渡したり、社員を後継者として育て、経営権と株式を移転する動きが広がっている。世代交代期を迎えた企業ばかりではない。自社の技術を高く評価してくれる相手との出会いから事業の将来展望がひらけ、事業売却に踏み切ったり、創業者が培ってきた信頼やノウハウを組織の「強み」に変え、従業員承継が円滑に進んだケースもある。後継ぎの多様化に応えようと国も施策の拡充を急いでいる。  デザインやデザイン関連の出版社を傘下に持つAZホールディングス(東京都渋谷区)の籔内康一社長が、アプリケーションソフトやコンテンツ開発を手がけるPIVOT(東京都港区)の全株式を買い取ったのは2014年10月。交渉開始から3カ月という異例のスピード成約だった。  当時、PIVOTは年商約4億円。従業員50人超の規模になっていたものの、大手クライアントの業績悪化に伴い受注が急減。抜本的な収益改善策として新たな顧客開拓が喫緊の課題だった。「技術には自信がある。でも商売は向いていない」と自認するPIVOTの宮嵜泰成社長は事業売却を決断。民間のM&A専門会社に相談するも、多額の手数料を前に断念。国の事業として運営される「東京都事業引継ぎ支援センター」で紹介された1社がAZホールディングスだった。  「企業風土が似ている。この会社なら大丈夫」。両社長は出会った瞬間、確信したという。籔内社長はウェブデザインのプログラミング業務を内製化したいと考えており、これを得意とするPIVOTは最適の相手だった。従業員感情も考慮し、当時30代と若い宮嵜社長には社長を続投してもらうことにした。事業承継のネックとなる保証債務の問題は、宮嵜社長の個人保証を外しAZホールディングスが保証先となることでクリア。債務も引き継いだ。  PIVOTにとっては財務や経営面の不安から解消され、AZグループとの相乗効果が早くも発揮されつつある。宮嵜社長は「これまで取引がなかった大きなクライアントの商品開発も手がけられるようになり、社員のモチベーションが上がっている」と語る。AZのグループ企業と連携し大型案件の受注も成功。新たな分野に挑戦できる環境になった。 宮嵜社長は「経営が行き詰まって身動きが取れなくなる前に決断したことがよかった」と振り返る。  経済書から女性誌まで出版物の校正を幅広く手がけるディクション(東京都千代田区)。創業者の小山優子さんは、この道、40年以上の大ベテラン。その小山さんが14年に経営のバトンを託したのは自身より30歳年下の志村かおりさん。現在は新体制を遠くから見守る立場だ。  後継者問題に腐心する企業が多いなか、ディクションの特異点は、後継者候補として社員から手が挙がったことだ。中でも志村さんは13年にわたり、小山さんの背中を見てきただけに「培ってきたノウハウや取引先からの信頼を、小山さんの引退によって散逸させたくない」(志村さん)との思いが強かった。新会社設立という手法も選択肢ではあったが、小山さんの理念を忠実に受け継ぐには、「従来の会社組織のまま事業を発展させていく方がいい」(同)。同じく小山さんの右腕となってきた現専務の佐藤由加さんとともに事業を引き継いだ。  無借金経営だったことが奏功し、後継者が自社株式を買い取る際に生じる保証債務の問題には直面しなかった。逆に内部留保の厚さゆえに株価の高さがネックとなった。小山さんに退職金を支払う形で株式の評価を下げ、資本金相当分のみを承継する形で何とか後継者の資力の範囲内での株式移転が無事、完了した。  技術やノウハウ、取引先からの信頼といった、財務諸表には表れない「見えない強み」―。これらは往々にしてオーナー経営者に属人的な要素であり、会社組織という「器」は次代に承継できても、「中身」を伴わないケースは少なくない。同社の事業承継を助言した専門家は「小規模の企業ほど社長の属人性が高いが、ディクションはこれを組織としての信頼性に変えてきたことが円滑な事業承継のポイント」と指摘する。その秘訣(ひけつ)を小山さんに尋ねると、淡々とした口ぶりでこんな答えが返ってきた。「仕事の質にこだわり続けてきただけ。社員はそれを見てくれていたのでしょう」。  ふたつの事例は、いずれも企業としての実績や信頼を高く評価するM&A先や理念を受け継ぐ後継者の出現が重なった幸運なケース。事業承継に悩む多くの経営者の目には、ごくまれな成功事例と映るかもしれない。とりわけ中小企業専門のM&Aは、民間にとっては採算に乗りにくいため、支援の担い手が育ちにくい。企業側も将来に対する漠然とした不安をどこに向けたらよいか分からないのも実情だ。  中小企業や小規模事業者の事業承継について、国はこれまでさまざまな施策を講じてきた。中小企業の経営者を対象に相続税や贈与税を猶予する「事業承継税制」の適用要件を緩和したことは一例だ。親族外でも税制優遇を受けられるようになった。  また、中小企業の後継者探しを支援する「事業引継ぎ支援センター」の整備も全国規模で進められており、この3月にはすべての都道府県での設置が完了する。ただ、税制優遇の利用件数も、センターによる事業引き継ぎの成立件数も潜在的なニーズの大きさに比べれば、まだまだ少ないのが実情だ。  今年、中小企業庁が、意欲を示すのが非上場株式の評価方法の見直しだ。上場企業の株価上昇に伴い、非上場の中小企業の株式も想定以上に高く評価され、円滑な事業承継の妨げとなっているためだ。   中小企業は雇用の担い手である同時に、社会のニーズにきめ細かく応える商品やサービスを提供することで社会的な価値を生み出す存在。その価値を持続させるには「事業が円滑に次代にバトンタッチされることが極めて重要」。政府はそう考えている。

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