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単層カーボンナノチューブ量産開始―“夢の材料”用途開拓に期待

発見から約25年、製造技術の開発から10年を経て工業化に成功
単層カーボンナノチューブ量産開始―“夢の材料”用途開拓に期待

TASCが開発した透明導電フィルム(TASC提供)

 国産単層カーボンナノチューブ(CNT)の実用化が大きな節目を迎える。日本ゼオンの量産工場が11日に動きだす。産業技術総合研究所が製造技術を開発し、日本ゼオンと量産プロセスに仕上げた。CNTの発見から約25年、製造技術の開発から10年を経て工業化には成功した。これから車載用電池や構造材など各用途での本格的な実用化開発が始まる。経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、産総研などCNT関係者の執念が結実する。

大きな節目 技術者の執念結実


 CNTは炭素でできた極細のチューブだ。1991年に名城大学の飯島澄男教授(当時NEC主管研究員)が発見した。理想的な単層CNTは比重がアルミニウムの半分で強度は鉄鋼の20倍、電子移動度はシリコンの約10倍で、流せる電流量は銅の1000倍、熱伝導性も銅の5倍以上と画期的な性質を持つ。宇宙と地球を結ぶ宇宙エレベーターのワイヤなど夢の材料として脚光を浴びた。2000年代のナノテクブームをけん引し、現在も用途開発が続いている。

 NEDOは98年、CNTの実用化研究に着手し、18年目を迎えた。だがCNTの特性を最大限生かした製品はまだないとされる。現在、事業化されている多層CNTはCNTの中に何本ものCNTが入ったものだ。昭和電工はリチウムイオン電池の負極材向けに供給しており、生産能力は年間400トン。ベルギー・ナノシルは多層CNTを独ボッシュに供給。オイル劣化防止用に自動車用燃料チューブに使われている。「市場規模があり、採算がとれているのはこの2例だけ」と言われている。
 

コスト1000分の1


 夢の材料が普及しない理由は既存の炭素材料とのコスト競争だ。NEDO技術戦略研究センターの調査によるとカーボンブラックが1キログラム当たり3000円以下で、製造しやすい多層CNTは同2万―3万円、単層CNTは同1000万円程度とされる。樹脂や電池電極に炭素材料を混ぜて導電率を高める場合、CNTで導電性が5倍になっても、カーボンブラックを5倍加えた方が安くなる。

 そこで産総研は単層CNTの生産コストを1000分の1に抑えるスーパーグロース法(SG法)を04年に開発。連続生産プロセスを確立するなど10年かけて量産技術に仕上げた。産総研材料・化学領域の村山宣光領域長は「多くの時間を製造装置や反応条件の調整に費やした」という。生産規模の拡大や低コスト化は、大学の研究者には踏み込めない。基礎研究と応用研究、実用化開発では、段階が上がると費用が1ケタ、2ケタと膨らみ、論文の数は減る。

 それでも経産省とNEDOは投資を続け、産総研は企業などと設立した単層CNT融合新材料研究開発機構(TASC)で工場建設の一歩手前まで技術を育てた。産総研の試験プラントでデータを積み上げ、日本ゼオンが量産工場を設計した。工場の完工は、CNT関係者の悲願だ。飯島教授は「ようやく企業での開発に必要な規模での供給体制が整う」と喜ぶ。

キャパシター向け


 ただ、この道は多層CNTも通ってきた道だ。一時は米国や中国でCNTベンチャーが乱立し、大型投資を受けた企業もある。多層CNTの生産が始まると、既存材料が価格を下げて市場を守ってきた。そこで日本ゼオンの単層CNTは長さと表面積で差別化する。

 長さは数ミリメートルで表面積は1グラム当たり1000平方メートルに達する。つまり一握り10グラムのCNTが1ヘクタールの表面積を持つ。まずは電極面積がデバイス性能を決めるスーパーキャパシターに応用する。荒川公平ゼオンナノテクノロジー社長は「キャパシターは日本ケミコンが16年度に実用化予定。日本ゼオンも16年度中にCNT応用製品を発売する」と意気込む。TASCで進めてきた用途開発が、単層CNT量産を支える一つ目の市場を開く。
 

ゴムの添加剤に


 次に期待されるのが耐熱性ゴムや耐食性ゴムなどへの添加剤だ。安価な炭素材料は添加量を増やせば性能を補えるが、増やすほど母材の性質を損なう。添加量に限界のある機能性樹脂との複合材は単層CNTの有望市場。日信工業が開発する石油掘削ドリル用の高耐久性Oリングは18年に実用化予定だ。高温と高圧に耐え金属シール材の代わりになる。

 日本ゼオンは17年度には効率を高めた第二ラインの建設を構想する。1キログラム当たり1万円を下回れば炭素繊維強化プラスチック(CFRP)への導電性付加など構造材用途が開ける。CNTが広範な場面で使われるようになる。
日刊工業新聞2015年11月02日深層断面に加筆
昆梓紗
昆梓紗 Kon Azusa デジタルメディア局DX編集部 記者
以下、取材・執筆を担当した小寺記者よりコメントです。  ナノテクブームではカーボンナノチューブ(CNT)以外にも金ナノコロイドやフラーレンも注目を集めた。現在、その産業化に成功したとは言いがたい。ナノ炭素材料の有望候補はグラフェンとCNT、フラーレンが挙げられ、世界的にはグラフェンへの投資が大きい。日本はCNT偏重ともいえる戦略で、CNT関連技術を育ててきた。高品質の単層CNTの安定供給は、産業化に向けた大きな一歩になる。  日本ゼオンの田中公章社長は「CNTは弊社が手がけてきた材料の中でも類のない夢の材料」と期待する。ただ「CNTが稼ぎ頭になるには10年かかる」とみている。競合炭素材料は導電性材料と市場は違うが、コスト競争に陥ればキロ数百円台まで下がる前提で考えた方が良いだろう。付加価値の高い半導体用途は金属類との競争だ。まだまだ果敢な挑戦者が求められている。

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