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三菱重工が背水の陣で臨む“祖業”再構築は大丈夫か

大型客船の建造遅れによる巨額損失、火災も相次ぐ
三菱重工が背水の陣で臨む“祖業”再構築は大丈夫か

企業風土を変えられるか(客船を建造中の長崎造船所本工場)

 三菱重工業の長崎造船所香焼工場(長崎市香焼町)で31日、建造中の欧アイーダ・クルーズ向け大型客船(約12万5000総トン、約3300人乗り)内にあった段ボールが炎上。火はすぐに消し止められたが、出火は今月に入り3度目。三菱重工は02年にも豪華客船「旧ダイヤモンドプリンセス」が、海上試運転を目前に火災を起こし、36時間にわたり延焼、およそ4割を失った大事故を経験している。再三の火災に現場管理の強化が欠かせない。

 三菱重工は11年にアイーダから大型客船2隻を受注、受注額は1000億円規模とみられている。その後、度重なる設計変更などを受け、当初納期の15年3月から大幅に建造が遅れ、すでに累計1600億円超の損失を計上している。今後、さらに損失が膨らむ恐れもある。

 民間旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」、国産基幹ロケット「H2A」、純国産戦闘機につながるステルス研究機「先進技術実証機(X―2)」など国家的なプロジェクトで先導的な役割を果たしている三菱重工だが、「造船」は鬼門なのかー。

世界最高水準技術の長崎「中手」造船を目指す


日刊工業新聞2015年10月21日「深層断面」より


 三菱重工業が祖業の造船事業の再構築に乗り出した。長崎造船所香焼工場(長崎市)の商船部門を解体し、船体建造、船体ブロック建造の専業2社を1日に始動。累計1300億円もの巨額損失を計上した客船はエンジニアリング事業に衣替えした。事業モデルは“世界最高水準の技術力を保持した中手(中堅)造船所”。しがらみを捨て、背水の陣で臨む長崎商船改革。慢性赤字から抜け出すための器は整った。問われるのはスピード、マインドセットだ。
 
【不振に戦略ミス】
 9月25日、長崎造船所。交通・輸送ドメイン長の鯨井洋一取締役副社長執行役員をはじめ、新体制を含めた改革の進捗(しんちょく)フォローと、大詰めを迎える客船建造の課題洗い出しが議論された。「反省の上に立ち、もっと危機感を持つことが必要だ」と鯨井副社長は断じる。そもそも国内最大級の設備を持ち、建造効率は高いはずなのに、長崎の商船事業が振るわない理由は何か―。

 72年に完成した香焼工場。当初、長さ1000メートルのドックで超大型タンカー(VLCC)の連続建造を想定していた。だが、最新設備を持つ韓国造船所との競争に敗れ、液化天然ガス(LNG)、液化石油ガス(LPG)運搬船に軸足を移行。

 一層の差別化を求め、客船や海洋資源探査船など韓国、中国の造船所が手がけない超の付く高付加価値シフトを敷くが「あまりに難しく、設計などリソースが追いつかなかった」と長崎造船所長兼三菱重工船舶海洋社長の横田宏執行役員は分析する。生産の混乱を招き、得意のガス船にも悪影響を及ぼした。能力過信による戦略ミスだろう。

 「連続建造モデルにしないと商船は成り立たない」(横田執行役員)。元気のある造船所は今治造船常石造船名村造船所、大島造船所など、中手または強手と呼ばれる専業大手。ばら積み運搬船やコンテナ船、タンカーなど船種やサイズを絞り、連続建造によるボリューム効果を最大限享受する。

 三菱重工もガス船で同モデルを描き、18年度までLNG船を年4―5隻造り続ける。客船の後続案件も視野に入れるが、現実は「(ガス船に支障が出ない)条件でしか受注できない」(鯨井副社長)。ガス船に限れば黒字体質は定着している。当面はこれに集中し、16年度通期での黒字確保が最初のハードルだ。
 
【異なるDNA、第三者視点で評価】
 15年度の商船事業は約2000億円を見込む。客船、下関造船所のフェリーや海上保安庁船、国家プロジェクト案件も含む。今後規模を追わず1500億円規模で確実に利益を出せる事業体を目指す。改革を指揮するのが同副ドメイン長兼船舶・海洋事業部長の大倉浩治執行役員。化学プラント部門出身で、海外大型プロジェクトのファイナンスに精通する。

 プラントは機器調達や建設を取りまとめるエンジニアリング力がカギ。「コスト、納期、安全、品質などトラブルを一つずつ解決し、ゴールに導くマネジメント経験を持った人が多い。変革の時には必要とされるのでは」(大倉執行役員)。モノづくり系出身とは異なるDNAを持ち、第三者視点で客観的に評価できる。客船建造を指揮する星野直仁執行役員もその1人だ。

 商船改革のポイントは造船バリューチェーンにおけるスマイルカーブにわかりやすい。上流の「設計」、下流の「建造・艤装(ぎそう)」の価値は大きく、中央の「コンポーネント製造」が劣る。上流と下流を結びつけ、固定費を絞り込んだのが船体建造の「三菱重工船舶海洋」。安価な船体ブロックを他社から調達する選択肢もある。

 一方、価格競争にさらされるブロック専業「三菱重工船体」は営業や設計などを置かない身軽な組織で、他造船所への外販で量を確保する。ブロック製造ラインの思想はVLCC胴体平行部を大量につくる前提で企画された。現状は曲がり部の多いLNG船が中心で「自社の船舶受注に応じて作業量が大きく変動し、本来の強みを発揮できなかった」(鯨井副社長)。平行部の外販が焦点となる。

 アイーダ・クルーズ向け客船2隻はどうか。当初計画から9カ月遅れで12月に1番船を完工する予定だが「気が抜けない。(来年3月完成予定の2番船も)納期を変える可能性を否定できない」(鯨井副社長)と、少なくとも3カ月程度の遅れは想定している模様だ。

【契約にも甘さ】
 ただ、つまずいた理由は明白。プロトタイプと呼ばれる前例のない船で、契約にも甘さがあった。火災を引き起こした「旧ダイヤモンドプリンセス」と同等規模ながら、建造から10年以上経過し、トレンドを見失っていたことも一因。客の目の前で調理するレストラン、複数のシアターなどエンターテインメント施設を充実した上で客室も多い。配管や電気・通信設備など狭い空間の設計、組み付けが増え工程が混乱した。

日刊工業新聞2015年10月21日 最終面「深層断面」
三苫能徳
三苫能徳 Mitoma Takanori 西部支社 記者
事業本部制・ドメイン制の導入や日立製作所との火力発電事業統合、商船部門分社化など、近年の長崎造船所は組織再編が続き、かつての「造船所」としてのまとまりは薄れてきているようです。横田所長は今年4月の就任会見で「本社は経営状態を冷徹に見ている」と造船事業の現状に対する危機感をにじませるとともに、「(長崎が三菱重工にとって)重要な製造拠点であり続けることが職責」と明言しました。地域経済にも影響が大きいだけに、事業再構築をぜひ成功させてもらいたいです。

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