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賃上げ促す政労使 異例の合意なぜ~ポイント解説

経済の好循環実現へ正念場
賃上げ促す政労使 異例の合意なぜ~ポイント解説

政労使会議であいさつする安倍首相(4月2日、首相官邸)

 4月2日に開催された政府と経済界、労働組合による「政労使会議」では、親企業が原材料の高騰分を取引価格に上乗せする「価格転嫁」の徹底で合意した。原材料費や燃料費の上昇分を中小企業だけに負わせず、大手企業も適正に負担するルール作りなどを通じて、中小企業の収益を改善。賃上げに向かえる環境整備を進める狙いだ。しかしなぜいま、企業間の取引をめぐり安倍晋三首相自ら決断し、経団連がこれに応じるという異例の構図に発展しているのか。「賃上げ」「価格転嫁」をめぐる問題の背景をデスクと記者が整理した。
 
 デスク 安倍政権はどうして政労使会議を通じて中小企業に賃上げを促しているのか。

 記者 政権の最重要課題である「経済の好循環」を実現するためだ。「好循環」とは、賃上げが個人消費を促し、増産が設備投資を喚起、企業収益の改善が個人消費の改善につながる一連の流れのこと。大企業の間では好循環の起点である賃上げが進みつつあるが、中小の多くは景気回復を実感しておらず、どこまで賃上げが進むか不透明だ。安倍首相は2日の政労使会議の席上、「春闘の序盤の結果が出た機会を捉え、夏に向けて本格化する中小の賃上げ環境の整備をもう一歩進める」と発言している。

 デスク 中小企業は賃上げを決断できる環境にあるの。

 記者 直近の円安は輸出型大企業の収益を押し上げた半面、輸出の少ない中小企業にとっては輸入原材料の高騰が収益を圧迫している。むしろ円安のマイナス面が色濃く表れている形だ。だから、原材料の高騰分を中小企業だけにしわ寄せせず、親企業が適正に取引価格に上乗せする「価格転嫁」の徹底が重要になっている。

 デスク 今回の政労使会議で何が決まったのか。

 記者 実は2014年末の政労使会議では「下請企業に対する支援・協力」で一致しており、今回はその具体策を示している。
 まず経団連は、取引先との間で原材料費や需給の変動に応じた取引価格のあり方を、あらかじめ合意しておくなど適正な価格形成に努めるよう会員企業に呼びかける。さらに取引先の生産性向上や製品の高付加価値化への支援や協力も促すことにしている。
 一方、政府は15年3月までに改訂した「下請取引ガイドライン」を順守するよう経済界に要請する。もし下請事業者が同ガイドラインに基づいた取引を要請したにもかかわらず、親事業者が協議に応じず一方的に取引価格を据え置くといった問題行為があれば「厳正に対処する」方針だ。また15年度上期中には約500社の大企業への集中的な立ち入り検査を実施する。全国中小企業団体中央会の鶴田欣也会長は、経団連による転嫁対策の決定を「歓迎する」としている。

 デスク 政府は14年秋以降、下請代金法に基づく取り締まりの強化や相談窓口の設置など対策を進めてきたはずだけど価格転嫁は進んでいるの。

 記者 経済産業省が15年1月から2月にかけて実施した調査によると、受注側企業の約7割が一部を含め価格転嫁ができたと回答している。その一方で、下請中小企業の2割は「転嫁できていない」と認識していることも明らかになった。中小企業庁では「下請に位置するほど、価格転嫁の協議ができなかったり、実際に転嫁できていない可能性がある」と指摘している。

 デスク そうは言っても価格転嫁に応じる大企業もあるんだろう。

 記者 加工業者からの値上げ要請がある度に、協議を行い発注側、受注側双方が納得した上で取引価格を決定したり、取引価格が原材料費の市場価格と連動するように定式化するといった好事例もある。今回の政府と経済界の合意はこうした動きを広げる狙いがある。

 デスク 民間の取引に、そこまで政府が口をはさむ必要があるのか。

 記者 甘利明経済財政相はこう説明している。「政府としてそこまでやるのかという指摘はあるが、そこまでやらないと(経済の)好循環を肌身に感じる人が過半数に達していかないということであるから、総理が決断されて、そして経団連が前例のないことではあるが全面的に協力することになった」。
 確かに中小企業に賃上げに踏み切ってもらうには収益改善によって原資確保をすることが先決だ。人材不足などを理由に、収益改善を伴わない無理な賃上げに動けば経済の「好循環」どころか「悪循環」に陥る恐れがある。

 デスク 今後も円安基調が続き、輸入原材料費は高止まりしたままなのか。

 記者 円安・ドル高の為替相場は当面続きそうだね。米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げ時期の先送り論が台頭しているが、市場関係者は年内の利上げを織り込んでいる。一方、日銀は2%の物価上昇目標を達成するまで金融緩和を継続する意向だ。日米の対照的な金融政策を背景に、今後も円安基調で推移すると見ていいだろう。中小企業にとって円安は、残念ながら輸入原材料費の高騰につながってしまう。一方で輸出主導型の大企業の収益は押し上げられ、中小との利益格差はますます拡大する構図になりそうだ。
 だからこそ価格転嫁対策を徹底し、中小の収益を押し上げる必要がある。中小が賃上げに動きだし、大企業が輸出の持ち直しを背景に設備投資を活発化していけば、政権の命題である経済の好循環がようやく回り始める。
 
 ≪キーワード≫
 ●政労使会議
 正式名称は「経済の好循環実現に向けた政労使会議」。関係閣僚と経済界および労働界の代表、有識者が課題解決のための共通認識を得ることを目的に開催する。

 ●下請取引ガイドライン
 親事業者と下請事業者間の適正な取引が行われるよう業種別に国が策定した指針。望ましい取引事例や下請代金法などで問題となる取引事例が具体的に示されている。原材料やエネルギーコストの増加分の価格転嫁に関わる好事例を追加する形で、14年末から15年3月にかけて改訂された。
日刊工業新聞2015年4月13日中小・ベンチャー・中小政策面
神崎明子
神崎明子 Kanzaki Akiko 東京支社 編集委員
日本の企業の9割は中小企業。景況感はまだまだ厳しいようです。

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