元インド大使が語る中国との決定的な違い「20年後の想像がつくかつかないか」

榎泰邦氏「日本は『好きな国』だが、まだ互いに『疎遠な国』」

榎泰邦氏

 ―中国の次はインドだと言われます。最大の要因は何ですか。  「安定性ではないだろうか。中国の20年後は分からない。しかしインドなら、ある程度は想像がつく。5年ごとに総選挙があり、円滑な政権交代をしっかりした官僚が支えてきた歴史がある」  「カントリーリスクの最大のものが政治だ。インドの安定要因のひとつは英国の伝統を引く官僚制度。(高等文官制度に似た)『IAS』が社会的に高い尊敬を得ている。また軍はシビリアンコントロールが効いていて、クーデターを起こしたことがない」  ―中国とは国民性も違いますね。  「中国になくてインドにあるのは宗教の基盤だ。貧困は政治のせいではなく、前世の因縁だと考える。これが社会のスタビライザー(安定装置)として機能している」  「一方でインドの現代史をみると、2ケタ成長をした政権は必ず次の選挙で負ける。急成長で貧富の格差のひずみが出るからだ。大多数の貧困層が票を持っているから、そうした人のいる農村を大事にすることが政権にとって欠かせない」  ―対日感情はどうでしょう。  「(インドからミャンマーにかけての)アラカン山脈を越えると自己主張の文化圏に入るといわれる。同じアジア人でも顔つきが違う。日本人はここで戸惑うが、それと相手が自分をどう見ているかは別だ」  「現地で如実に分かることは、負の歴史がないことだ。日露戦争の勝利に対する高い評価。第2次大戦を機に、日本のおかげで独立できたという思いもある。さらに皮膚感覚として、彼らは仏教をヒンドゥー教の一派のように感じている。“分家”である日本が、経済発展でよく頑張ったな、という感じだ」  「だからイメージ先行で、日本は『好きな国』といわれる。実際のインド人は留学する先も英米であり、まだ十分に日本を知らない。互いに疎遠な国であり、相互理解を進めるのはこれからだろう」  ―現地進出する企業が注意すべきことは。  「東南アジア諸国連合(ASEAN)の延長線上で見るな、ということだろう。タイからインドに出張し、バンコクのにぎわいと比べたらインドが小さく見えてしまう。国内総生産でASEANに匹敵する規模の、自己完結的な市場としてとらえるべきだ」  「そうしたアプローチで成功しているのが韓国のサムスンやLGだ。日本勢ではスズキの成功が、同じモデルだ。インドは広大で地域性も強いから、さまざまな手段で全国区のブランドを確立しないとダメだ。広告や展示会を積極化したり、トップがたびたび訪問したりするなど手間を惜しんではならない」  『決断できる政治』に期待。試金石は物品・サービス税の全国一本化  ―昨年発足したナレンドラ・モディ政権をどうみますか。  「何より『決断できる政治』が期待されている。前政権の後半は改革が遅れて、国民もうんざりした感がある。貧困にあえぐ層は新たな成長の夢を見たいと思っている」  「モディ首相は、グジャラート州の首相時代に成長路線を実現した。グジャラートは電力の輸出州であり、高速道路も発達している。それをモデルに、全国的な投資優遇策やインフラ整備、行政の迅速な対応を進めるという姿勢を示している。いずれも日本企業がこれまで最も悩まされてきたことだ」  ―州政府の自治権が強く、許認可や広域物流が難しいことはインドの欠点ですね。  「試金石は物品・サービス税(GST)の全国一本化だろう。それが実現すれば、さまざまな変化が起きる。ただ、時間はかかるかもしれない」  ―日本が支援を表明している『デリー・ムンバイ間産業大動脈構想』の評価は。  「時間はかかっているが、着実に進んできたなという印象だ。最初の提案は、いかにも経済産業省らしくアイデア先行に過ぎたきらいがあった。しかし、それまで東側のチェンナイやベンガルールばかり見ていた日本企業が、西側のグジャラートに目を向けるきっかけになった。日本からの投資が、ようやく出てきたなと思う」  【記者の目/東南アと異なる距離感を認識】  幾度か出張の経験があるが、そのたびにインドは欧米より遠い国ではないかと感じる。榎さんは、それをあえて否定しない。「大使をやめて7年以上たつ私が、いまだにアドバイスを求められるぐらいインドは知られていない国」という。東南アジアとは異なる距離感を認識することが、インドを正しく知る第一歩になるのだろう。  (聞き手=加藤正史)

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