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性同一性障害へのeラーニング。コミュニティーが持つ多様性が活力に

文=尼口友厚(ネットコンシェルジェ CEO)「Trans Tech」は半営利・半非営利
 以前、トランスジェンダー(性同一性障害)に悩む男性(戸籍上は女性)の話を聞く機会があった。

 「自分は身体的には女性だが、脳は絶対に男性だ」という彼は、子どもの頃から女性と見なされることに違和感を持っていた。しかし彼は現在70代で、現代と違ってほとんど情報もなかった当時は自分の状況を理解してくれる人は誰もおらず、仕方なく女性として生活していたという。

 現代ではインターネットの発達により、こういったトランスジェンダーについての情報やトランスジェンダー同士の交流もしやすくなっている。同性同士の結婚を認める動きも出はじめ、テレビなどで活躍するトランスジェンダーの有名人も増え、社会的に認められつつあるように見える。

 しかし、彼らが完全に認められ、偏見がない世の中になったとはまだまだ言いがたい。カミングアウトできずに悩んでいる人、偏見のため就職できないでいる人、そして仕方なく夜の商売を選んだというトランスジェンダーは多いのではないだろうか?

 今日は自身がトランスジェンダーであり差別を受け苦しんだ経験から、トランスジェンダーを支援するために作ったというeラーニングサービス「Trans Tech」をご紹介したい。
http://transtechsocial.org/
 同サイトはその社会的な意義から高い支持を得ており、Indiegogoキャンペーンを通して1万ドル(約120万円)を調達した他、2014年には2万ドル(約240万円)近い寄付も得たという。

黒人でトランスジェンダーであることは相当なハンデ


 Trans Techの創業者はAngelica Ross(以下、ロス氏)。同氏は黒人のトランスジェンダーだ。ロス氏によると黒人で、しかもトランスジェンダーであるということは、相当なハンデであり、家族からトランスジェンダーであることを理解されなかった彼女は19歳の時に家を出たという。

 家を出たロス氏はまず働き口を探さなければならなかったが、黒人でトランスジェンダーであるために、苦労の末に仕事を見つけても、すぐにクビになった。仕方なくはじめたアダルト産業の仕事で、ロス氏は先輩のトランスジェンダーの女性にこう言われたという。

 「性転換手術を受けるためなら、アダルトのウェブサイトで裸になってポーズを取ったり、セックス産業で働いたりすることも仕方ない。だってこうでもしなくちゃ稼げないもの」

 ロス氏はこれに同意せざるを得なかった。アダルト業界で働く他のトランスジェンダーたちも例外なくこの仕事以外では生きていけない、と思っていたようだ。

 そしてロス氏も彼らと同様に、アダルト産業の仕事をつづけることになった。一日中アパートでクライアントからの電話を待ち、夜にはクライアントと過ごす日々を送っていたが、ある時、同僚の女性が「ここはあなたのいる場所じゃない。あなたにはもっと自分の人生を意味あるものにできる力がある」と言ってくれたことで、意識が変わっていったという。

 ちょうどこの頃ロス氏はアダルトサイトの制作の手伝いもはじめ、ウェブ制作の技術も向上していた。そしてロス氏を性の対象ではなく、ウェブサイトの製作者として雇ってくれる人も現れはじめた。自分のなすべきことを見つけはじたロス氏はまずはウェブサイトの政策技術をあげることを目標とし、Lynda.comで提供されている教育ビデオを視聴しながら、htmlの基礎やcssや写真の加工などウェブの知識を増やしていった。

 また当初設定したゴールは「最高のアダルトウェブサイトを作る」ことで、実際に自営でアダルトウェブ制作サイトも立ち上げていたが、以前言われた同僚の言葉を思い出して、アダルト産業から抜けることを決意。ウェブ制作のフリーランスとしてプロファイルを作った。

テクノロジーが自活へのライフラインに


 自分ひとりではどうやってもコードが働いてくれず、コンピューターに頭を打ちつけたくなるほど夜中までコンピューターと格闘するような日もあったが、フリーランスを雇って解決すればよいことに気付くと、専門以外の部分をインド、パキスタン、タイなど世界中から雇って解決するようになった。

 10年後には世界中から仕事のオファーも来るようになり、自活していく道を見つけたロス氏は、テクノロジーが自活の道を求めている世界中のトランスジェンダーたちのライフラインになることを確信した。

 そこで2014年には自分もテクノロジーを通してそうした人たちの手助けをしたいと、不当な解雇や家族からの拒絶、性産業の仕事を紹介されるなど、不幸な境遇に置かれているトランスジェンダーを支援するためのサイト、Trans Techを立ち上げることになったのだった。

明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
米国らしいサービスだが、日本でもLGBTに向き合う企業やサービスが増えている。電通ダイバーシティ・ラボ(DDL)が今年4月に日本全国6万9989人(20~59歳)を対象に実施した調査では、日本でLGBTに該当する人は7.6%(=13人に1人)。それは左利きやAB型の人とさほど変わらない割合だという。DDLではLGBTを中心にその周辺のストレート層にも広がる新たな消費傾向に注目、「レインボー消費」と位置付けて研究している。 興味のある方はこちらを。 http://dentsu-ho.com/articles/3028

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