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「鋳物のデメリットが蒸留器ではメリットになった」ウイスキー蒸留器開発のストーリーが面白い

「鋳物のデメリットが蒸留器ではメリットになった」ウイスキー蒸留器開発のストーリーが面白い

鋳物で作ったウイスキー蒸留器「ZEMON」を若鶴酒造に設置した

老子製作所 銅錫合金鋳造製ポットスチル「ZEMON」

「鋳物のデメリットが蒸留器ではメリットになった」―。

銅錫合金鋳造製ウイスキー蒸留器ポットスチル「ZEMON」を開発した老子製作所(富山県高岡市)の元井秀治社長はこう語る。板金加工が当たり前の蒸留器をあえて鋳物で作った。珍しい取り組みだったが、出来上がった品は鋳物の特性の数々が利点となった。

ウイスキーの蒸留は原液から雑味となる硫黄成分を除去する工程だ。銅製の蒸留器に原液を入れ加熱して、原液中の硫黄を銅に反応させ取り除く。蒸留器を外から加熱するのに熱伝導率の高さが求められたため、蒸留器は銅の薄板で板金加工するのが一般的だった。

だが、今は技術の進展でヒーターを蒸留器内に入れ、熱伝導率にこだわる必要はない。むしろ、蒸留器は反応で薄くなるので肉厚が厚い方が長寿命になる。

ウイスキーを生産する若鶴酒造(富山県砺波市)がこの利点に着目し、老子製作所に肉厚を厚くできる鋳造での蒸留器作りを依頼した。さらに酒質をまろやかにする錫(すず)を銅に混ぜ、付加価値を高めることを狙った。

この話が来たとき、「ぜひやってみたいと思った」と元井社長は振り返る。老子製作所は伝統工芸の高岡銅器による釣り鐘製造を手がける。釜状の蒸留器の形は鐘に近く、音の響きが良くなるスズを銅に混ぜるのも釣り鐘作りでお手の物。蒸留器は培った技術を生かせる格好の商品だった。

開発にあたり富山県産業技術研究開発センターに合金が銅の化学反応や錫の効果が発揮できる組織状態になっているかを評価してもらった。また、若鶴酒造から酒質の評価などで助言を受けるなど両者の協力のもと、「いろいろな高岡銅器の技法を用いて完成させた」(元井社長)。

ZEMONは若鶴酒造で19年6月から稼働。そのガス使用量から通常の約2倍の生産効率があることも実証した。鋳物特有の表面の凹凸で原液と接する表面積が増え、反応しやすくなったためだ。

鋳物の弱点だった肉厚の厚さや表面の凹凸を強みに変えたZEMONは、鋳物の新境地を開拓した。(富山支局長・江刈内雅史)

日刊工業新聞2020年5月14日

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