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コロナ禍に期待したいトヨタ社長「 豊田章男」の危機対応力

<情報工場 「読学」のススメ#78>『豊田章男』(片山 修 著)
コロナ禍に期待したいトヨタ社長「 豊田章男」の危機対応力

豊田社長のリーダーシップの源泉は実践知と経験知に裏打ちされた「直観力」

「人類の敵」に立ち向かい「人々を笑顔にする」現代のヒーローとは

いきなりで恐縮だが、現在放送中の特撮テレビドラマに「仮面ライダーゼロワン」がある。主人公の飛電或人(ひでんあると)は、祖父が創業した大企業の社長になる。その会社は、AI搭載人型ロボット「ヒューマギア」を開発・製造している。或人は、ヒューマギアを悪用しようとするサイバーテロリスト組織と、仮面ライダーゼロワンに変身して戦うことになる。

飛電或人が戦うのは「人を笑顔にする」ためだ。このドラマを観ていて、現実の日本にも、人々を笑顔にしたいと常々公言している人物がいるのを思い出した。彼は、奇しくもドラマの設定と同じく、祖父が創業した大会社の社長をしている。そう、トヨタ自動車の豊田章男社長だ。

仮面ライダーゼロワンが戦う「人類の敵」は、前述のようにサイバーテロリスト組織だ。では、今、現実の「人類の敵」は何か。言うまでもない。新型コロナウイルスである。

豊田社長も、コロナという人類の敵に立ち向かおうとしている。日本自動車工業会(自工会)の会長でもある豊田社長は、4月10日、自動車工業4団体(自工会、日本自動車部品工業会、日本自動車車体工業会、日本自動車機械器具工業会)で合同会見を開いた。その場で、中小部品メーカーなどを対象に、ファンドを立ち上げて資金提供する策を発表。「何としても雇用を守っていく」「収束後は自動車産業がいちばんの牽引役になる」と力を込めた。

自社のトヨタ自動車でも、すでに医療用フェイスシールドの生産、グループ企業内でのマスクの自給自足、トヨタ製車両のジャパンタクシーを使った軽症患者の輸送検討といった対策を早々と打ち出している。これらのスピーディな対応は、豊田社長の求心力と危機対応力の高さを感じさせるに十分だ。

リーマンショック後の大赤字、リコール事件、震災を乗り越えてきた

そんな豊田社長の半生や業績を描くビジネス・ノンフィクションが『豊田章男』(東洋経済新報社)である。創業家に生まれた苦悩と葛藤、さらに、経営者としての苦闘の数々、取り組んできた改革とその背景が詳述されている。著者の片山修さんは、長年にわたり、製造業をはじめとする幅広い企業を取材してきた経済ジャーナリスト。トヨタに関する著作も多い。

同書を読むと、豊田社長は新型コロナウイルスのみならず、これまでにもさまざまな危機を、持ち前の行動力とリーダーシップを発揮して乗り越え、トヨタを成長させてきたことがわかる。

何しろ、2009年にリーマン・ショック後の大赤字の中で社長に就任するや、大規模リコール事件、東日本大震災と立て続けに苦難に見舞われたのだ。

また、豊田章男社長のもとトヨタは近年、クルマづくりの思想を抜本的に見直すTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)、カンパニー制への移行などの改革を断行してきた。

さらに、ソフトバンクグループと合弁会社を立ち上げ、MaaSプラットフォームの構築に乗り出したほか、今年1月のCES(デジタル技術見本市)ではコネクティッドシティ構想を発表。3月にはNTTグループと2000億円を相互出資する業務資本提携を発表し、本連載でも紹介した「IOWNグローバルフォーラム」にも参加の方向だ。

平成以降に「これほど矢継ぎ早に経営決断を重ねていった社長はいない」と、『豊田章男』の著者は言っている。

  

現地現物主義と実践の積み重ねによる「直観」型の経営者

1956年、名古屋市に生まれた豊田章男氏は、慶應義塾大学法学部を卒業し、米バブソン大学に留学。米投資銀行に勤めた後、1984年にトヨタに転職する。トヨタ入社後は「必ず、現地現物で見て、確認してこい」と言われ続け、TPS(トヨタ生産方式)を叩き込まれた。そしてその教えを忠実に実践し、体得していく。

たとえば1996年、TPSを販売部門に浸透させるべく、業務改善支援室が立ち上げられた。現場で改革にあたった豊田氏さんは、「生産の人間に販売の何がわかるか」と言われながらも、大手ディーラーを自ら訪れ、現場に入り込んで改善を推し進めた。

豊田社長は、社員時代から常に自分の目や耳で直接感じとることを重視し、経験値を積み上げていったのだ。「モリゾウ」のドライバーネームでラリーや耐久レースに参戦するのも、クルマづくりを現地現物で確認するためだという。

豊田社長は「直観」型の経営者ともいえる。『豊田章男』には「長年にわたって蓄積してきた実践知、経験値を総動員して本質的直観を働かせる」とある。徹底した現地現物主義と実践の積み重ねがあったからこそ、鋭利な直観が磨かれたということだ。

その直観の一例が、2018年のCESで掲げた、モビリティカンパニーへのフルモデルチェンジ。この時、豊田社長は、トヨタを単なるクルマメーカーから、モビリティに関わるあらゆるサービスを提供するモビリティカンパニーへ転換するとしている。

この構想を、同書の著者である片山さんは「直観」の結果だろうと言っている。数字の分析や解析結果に基づいて描かれたものではないというのだ。

豊田社長のこれまでの、あるいは今まさに試されようとしている危機対応力は、そのカリスマ性を帯びた類まれなリーダーシップの賜物だ。そしてその源泉にあるのは、実践知と経験知に裏打ちされた「直観力」にほかならない。

片山さんは同書の最後で、豊田社長の突出したカリスマ性ゆえの「裸の王様」化のリスクも指摘している。だが、それは平時に限った懸念かもしれない。新型コロナウイルスで異常事態にある現在は、実績のある「直観」による危機対応力に期待を寄せたいところなのだから。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『豊田章男』
片山 修 著
東洋経済新報社
344p 1,500円(税別)
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このところのトヨタが発表する構想や提携には、驚かされるものが多く、いずれも近未来に大きな期待を抱かせるものばかりだった。そこに襲いかかったコロナ危機への対応では、今のところトヨタは「できることをすぐにやる」といったスタンスのように思える。おそらく豊田章男社長の直観力、リーダーシップが存分に発揮されるのは、収束後ではないだろうか。ソフトバンクやNTTといった異業種との提携は、世界的な“復興”の局面で、大きな力になる予感がする。今後の同社の動きを見守りたい。

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