ニュースイッチ

東大総長など歴任の重鎮が「専門職大学」の学長になったら…

東大総長など歴任の重鎮が「専門職大学」の学長になったら…

東京国際工科専門職大学フェイスブックページより

情報通信技術(ICT)とデジタルコンテンツ分野で、社会課題解決の人材育成を掲げる東京国際工科専門職大学。一学校法人で二つ目の専門職大学開学となるのは唯一だ。東京大学総長、日本学術会議会長などを歴任した吉川弘之学長に、伝統的な大学・科学技術の形を打ち破る新大学の特色を聞いた。(聞き手=編集委員・山本佳世子)

―行動する専門家を育成する、としています。
「工学は産業と密接で機械、電気、化学など産業別の学問になっている。日本では80年代まで大学が工業技術をリードし製品に役立ててきた。大学で育てるのは定年退職まで専門が変わらない技術者だった。しかし社会が変動する今は、情報など新たな学びで継続的に能力を高め、新産業を作り出す専門人材が必要だ」

―工学の学びは、技術や知識を基礎から順に積み上げていくという仕組みです。
「学生はやりたいことなど動機を持っているのに、これまで教員は『好きなことを捨てろ、余計な考えは止めろ』といい、用意した教科を忠実に学ばせようとしてきた。しかし学生に知識はないが未来がある。教員はその逆。“上から目線”を止め、新たなものをともにつくる共同体にしたい」

―具体的にカリキュラムでの工夫はどうなっていますか。
「例えば新入生は情報理論を学び、グラフィックスは次の学年でとなると授業が面白くない。そのためまずコンピューターの動き、必要なプログラム、グラフィックスやロボットとの関わりなどを実感させ、その上で理論を学ぶよう設計した」

―実習の特色はどうでしょうか。
「従来の大学の実習は、学んだ理論を理解するためのものだ。数式や法則を、実際に目で見て確かめるのが目的だ。本学の実習では実験室でのモデルでなく、日常の本物の環境下での取り組みを行う。例えば自動運転車や掃除ロボットで使われるSLAM(スラム)という技術を、天候や猫の邪魔などノイズがある環境下で動かし、実際の経験を学びに結びつける」

【略歴】よしかわ・ひろゆき 56年(昭31)東大工卒、同年三菱造船(現三菱重工業)入社。78年東大工学部教授、93年総長。97年日本学術会議会長。01年産業技術総合研究所理事長。09年科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター長。東京都出身、86歳。
【大学情報】▽設置者=日本教育財団▽所在地=東京都新宿区▽学部と入学定員=工科学部(情報工学科120人、デジタルエンタテインメント学科80人)

【記者の目/意外に「はまり役」】

学生の考えを遮る教員の姿勢を挙げ、「私もそうしていたし、そうされてもいた」と打ち明ける吉川学長の率直さに驚いた。新タイプの大学に重鎮すぎると思ったが、「伝統的な大学にも変わってほしい」と発言する“新興勢力のトップ”は、意外にはまり役かも知れない。

日刊工業新聞2020年3月12日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
学長の人選に当初は「すいぶんな大御所、それに86歳の高齢で」という感想を持った。しかし取材で「教員は上から目線を止め、(学生とともに)新たなものをつくる共同体に」などと、信じられない発言がいくつも出てきて、考えが変わった。人生の仕上げ期に、自らが長く関わってきた伝統の大学や学術の世界異なる、専門職大学のトップに、就く。あれだけの経歴を持つからこそ、の挑戦なのだと。その心意気はさすが、並みの86歳ではない…。専門職大学のトップはいずれも個性的で、インタビューの中身もおもしろい。日刊工業新聞で2月末から連載中、ぜひ各回を読んでみてほしい。

編集部のおすすめ