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「森林も守る」産業用無人ヘリコプター、ヤマハ発が社会課題に向き合う新しいビジネスのカタチ

農薬散布から「空のラストワンマイル」まで

バイクのイメージが強いヤマハ発動機だが、実は30年以上、私たちの食卓の裏側で「縁の下の力持ち」の役割を果たし続けてきた。それを担うのは産業用無人ヘリコプターを使った農薬散布。現在は国内の水田の約4割で活躍するなど圧倒的なシェアを誇る。そして今、無人ヘリの新しい活躍の場として「森林」がクローズアップされている。

無人ヘリが普及する以前、農薬散布といえば人が背負ったタンクから動力散布機を使って行うのが主な方法だった。しかし、「米どころ」と呼ばれる大規模な稲作地帯ではこの作業が農家の負担になっていた。さらに、農業従事者の平均年齢が66.8歳(農林水産省の統計調査「農業就業人口及び基幹的農業従事者数」の平成30年の項より)にまで上昇。高齢化も負担増に拍車をかけていた。

そのような背景がある中で、無人ヘリは農業の生産性を維持、向上する切り札として広く支持された。青田の中を、音叉のロゴがついた赤いヘリコプターが飛ぶ姿は見慣れたものになってきている。

ドローンの存在が後押し

無人ヘリが再び脚光を浴び始めたのには、「ドローン」の存在がある。映像撮影や商品の配達などで一躍、時代の寵児となったドローン。「ドローンの活用で社会的な理解が深まったことが無人ヘリの新しい用途を考える後押しになっている」と話すのは、ヤマハ発NV事業統括部アビエーショングループの矢路川大成氏。

ドローンは無人ヘリと比べて、導入の手軽さに利がある。一方で無人ヘリの長所は、同社が得意とする小型ガソリンエンジンに裏打ちされた飛行距離・時間の長さや、耐風性能などだ。ヤマハ発はドローンも手がけており、用途によって「空のラストワンマイル」という社会課題ソリューションを使い分けている。

3Dマップで計測

残暑の厳しい2019年10月、無人ヘリは愛媛県久万高原町の山林の上空を飛んでいた。愛媛県では「木材増産AI構築モデル事業」で人工知能(AI)やICT(情報技術)を使い、簡単に森林情報を取得し、様々なデータと組み合わせて収支を判断するシステム構築を進めており、そのデータ採集で無人ヘリに目を付けた。無人ヘリにはLiDAR(ライダー)と呼ばれるレーザー照射器が搭載されている。レーザーを森に照射し、木々に反射させたデータを分析すると、木の幹の太さや生えている土地の地形、枝打ちのムラなど、林業において重要な価値判断が瞬時に行われ、3Dのマップも作製できる。

日本は国土の約7割を森林が占める。森林のうち、約半分が手入れの必要な人工林だが、1985年から2015年までの間に約65%が減少(林野庁「林業労働力の動向」より)した。そこで2019年4月に施行された森林経営管理法により、森林所有者には管理が義務化された。しかし森林の適切な管理に必要な人手は不足しており、状況把握も容易ではないのが現実。「スマート林業」へのニーズは高く、森林組合や自治体を中心に10件以上の契約を結んでおり、ヤマハ発の森林計測担当者は全国を飛び回る日々だ。

計測データから森林を3Dマップ化し、任意のエリアを断面で表示。本数、樹高、下層植生、地形、林道などがわかる

海外からも注目度高く

林業向けのデータ収集と分析以外で期待が高いのは、インフラの保全・修理の現場における物資の運搬。日本には約50年前の高度経済成長期に建設されたインフラが多い。例えば、送電線を中継する鉄塔などは、山の尾根の部分に建てられることが多く、従来は作業員が保全用の重い資材を背負い、現場で運搬していた。

しかし保全が必要な現場が増えたため、運搬にかかる時間や作業員の負担を減らす必要性が高まっている。平成17年度からは九州電力と共同で、送電線の工事現場などで資材や機材の運搬する実験をスタート、平成19年度からは事業として本格展開を進めている。

国内だけでとどまらない。人件費が高く有人ヘリもコスト的に難しい北欧・ノルウェーでは海上の風力発電施設や油田の点検・保全ですでに利用が始まっている。ケニアでは国連が災害時の物流用や現場の視察などに活用する計画。国内外で声がかかる大きな理由に、無人ヘリのハードウエアそのものの性能がある。航続時間は最大約1時間40分。衛星通信とインターネットで、場所を選ばず飛ばすことができる。運搬可能重量は最大35キログラム。30年間での販売実績は約3000機にのぼる。

新規ビジネスが生まれる土壌

ただしこれからはハードウエアを販売するだけのビジネスモデルではない。「顧客に販売する製品というよりも、あくまで社会課題解決のためのパートナー」と話すのは、森林計測にアイデアを発案した白石章二NV事業統括部長。NV事業統括部は新規ビジネスを生み出す目的に前身の組織が2014年1月に立ち上がった。新規ビジネスからは自律ロボットライダーやゴルフカートをベースにした低速自動運転車両、細胞ハンドリング装置など続々誕生している。

ヤマハ発はバイクを中心としてBtoC(個人向けビジネス)、ロボットなどのBtoB(企業向けビジネス)の両輪で成長してきたが、今後はBtoG(政府・行政向けビジネス)の領域も増えてきそうだ。NV事業統括部のメンバーは、いろいろな経歴を持った外部人材が多い。この1月には専門の森林計測グループも発足、インドの情報システム子会社やスタートアップなどとも協同しつつ、無人ヘリビジネスは上昇気流を伺っている。

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