NECやソニーが開拓、「ヒアラブル端末」は働き方改革の救世主か

連載・音の時代がやってくる #04

設備点検業務におけるヒアラブルデバイス活用のイメージ(高砂熱学工業提供)

『消化ポンプ:圧力』  「12.3」  『消化ポンプ:外観』  「液漏れあり」 耳に装着したウェアラブル端末「ヒアラブルデバイス」に届く音声指示に30代の男性作業員が声で応じると、設備の点検記録がタブレット端末に蓄積された。 東京都内の病院にある地下の機械室で今冬、ある実証実験が行われていた。空調設備大手の高砂熱学工業とヒアラブル端末を企画開発するベンチャーのネイン(東京都渋谷区)が熱源設備の点検業務におけるヒアラブル端末の有用性を検証したもので、作業時間を従来比で1割削減できた。タブレット端末に手で入力していたこれまでに比べて目や手を移動せず記録できる分、作業が効率化された。高砂熱学工業の井上正憲理事は「(建設・保守の業界は)人手不足が深刻化しており、待ったなしの課題になっている。(作業時間を削減できるヒアラブル端末の)需要はある」と確信し、ネインと共同外販する体制整備を決めた―。 ヒアラブル端末が建設・保守や倉庫、工場など作業現場の働き方を改革するツールとして注目され始めた。作業を止めて手や目を移動せずに声で操作できるため、多様な業務を迅速化できる。搭載したセンサーにより作業者の生体情報を取得し、健康管理に生かすツールとしても期待される。そうした需要に対してはベンチャーだけでなく、NECなどの大手も動き出した。 一方、個人市場も過熱する気配を見せている。米アップルが人工知能(AI)アシスタント「Siri(シリ)」を搭載した無線イヤフォン「AirPods(エアーポッズ)」を展開し、世界的に人気を集めている。国内組のソニーは個人需要を主戦場に戦う構えだが、米テックジャイアントの壁は厚そうだ。(取材・葭本隆太) ●世界のヒアラブル端末市場規模:カウンターポイント・テクノロジー・マーケット・リサーチによると、2019年第3四半期に前期比22%増の3300万台(約4500億円)を売り上げた。2019年通期では1億2000台に上る見通し。市場シェアは米アップルが45%を占め、トップを走る。 「企業の人手不足が顕著になり、業務を効率化するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)機運が高まる中で(ヒアラブル端末が)注目されている」。ネインの山本健太郎CEO(最高経営責任者)は実感をそう漏らす。AIスピーカーの登場から約2年が経ち、音声で操作するVUI(ボイス・ユーザー・インターフェース)の価値が認知されてきたことも追い風という。 同社は2016年にスマートフォンに届いたメッセージを読み上げる機能を搭載したヒアラブル端末の展開を始めた。音声認識の精度向上など技術の進化を踏まえてスマホの次のUIを想定する中で、人がディスプレーを見ず情報を取得する時代の到来を予見したからだ。 18年からはメッセージの読み上げ機能が求められる法人の課題の洗い出しに注力し、たどり着いた現場が建設・保守業務だった。「当初は介護・医療・運送業務などの手が離せない場面を思い浮かべていたが、建設業が人手不足により強い危機感を抱いていた」(山本CEO)。 高砂熱学工業は人手不足の課題を解決するイノベーションを模索し、ベンチャーのアイデアや技術力を求めていた。その中で18年にネインと出会い、協業を決めた。今冬の実証実験の結果を踏まえ、ヒアラブル端末の活用を決めた。本年度内に高砂熱学グループで保守メンテナンス事業を手がける高砂丸誠エンジニアリングサービス(同港区)に導入するほか、20年度中に建設・保守現場を中心に外販を始める。 大手もヒアラブル端末を活用した働く現場の改善提案に乗り出す。NECは近く、ヒアラブル端末について屋外の高所作業や工場、倉庫などハンズフリー需要の高い現場に本格的な提案を始める。NECのヒアラブル端末は独自の耳音響技術により、同端末が発した音に対する耳穴からの反響音の特性で取り付けた個人を特定できる。温度センサーなども搭載しており、作業者の生体情報が常時モニタリングできる。 同社デジタルプラットフォーム事業部の青木規至主任は「業務支援の観点でヒアラブル端末を開発した。(耳音響技術により)例えば重要な設備について有資格者が確実に現場で点検したかを管理できる。生体情報の取得は熱中症の早期発見などにつながる」と力を込める。加えて「音声により作業記録がデジタル化されると、そのデータを基に作業現場における業務フローの最適化などが検討できる」と作業そのものに留まらない業務効率化の可能性を強調する。 一方、ヒアラブル端末には活躍の場が限定的という意見もある。ウェアラブルデバイスに詳しい野村総合研究所の亀津敦上級研究員は「機器などを扱う上で視覚情報は大事。音のやり取りだけでは厳しい現場は多いのではないか」と言及し、同じウェアラブル端末でも視覚情報が取得できる「スマートグラス」の優位性を指摘する。 実際にNECの青木主任も「仮に『4カ所にネジ止めを』と作業者に指示する場合、ディスプレーを活用した『どこに』という視覚情報がないと伝わらない。ヒアラブル端末の活用はケースバイケース」と認める。 とはいえ、ヒアラブル端末だからこそ生きる場面はある。ネインやNECのヒアラブル端末は耳の内部に面したマイクで利用者の声を取得する仕組みで、機械室や工場などの騒音下でも精度の高い音声記録ができる。身体に密着するため、生体情報が取得できる点も強みだ。ヒアラブル端末の利用促進に向けては強みが生かせる需要の開拓がカギになる。 また、デジタルツールを活用して業務効率化などを進めたい企業は端末そのものではなく、最適な効果が得られるソリューションを求めている。野村総研の亀津上級研究員は「将来は現場に最適なソリューションになるように(ヒアラブル端末とスマートグラスを併用するなど)複数の端末を組み合わせた利用が進む可能性がある」と推察する。今後は他のデバイスとの連携体制も構築も求められそうだ。 「スマホはその便利さゆえに友人や家族が一緒にいても画面に集中してしまう問題があった。ヒアラブルは目の前の相手と、デバイスの先にいる人とのコミュニケーションを両立できる端末としてたどり着いた答え」。ソニーモバイルコミュニケーションズ商品企画部の八木泉さんはヒアラブル端末「Xperia Ear Duo(エクスペリア・イヤー・デュオ)」を開発し、18年4月に発売した背景を説明する。 同社は日本航空と客室乗務員間の対話ツールとして活用し、業務効率化する実証実験を行うなど法人需要の開拓を狙いつつも、主戦場はあくまで個人向けだ。耳を塞がない構造ながら音漏れを低減する設計により、外音を自然に取り込みつつ、端末からはスマホに届いたメッセージやスケジュール、天気、ニュースなど多様な情報を届ける。音声操作はLINEの「Clova(クローバ)」や米グーグルの「Googleアシスタント」、「シリ」といったVUIに対応するほか、ソニー独自のVUIでも操作できる。 最大の特徴はデイリーアシスト機能。端末に搭載した複数のセンサー情報などを基に利用者の行動などに応じて天気やスケジュールを発信する。利用者が「次の予定は」などと端末に語りかけなくても「おもてなしを再現し、空気を読んで必要な情報を届ける」(八木さん)。例えば、利用者が会社に到着すると次の予定などを教えてくれる。八木さんは「(イヤー・デュオは)自分の動きを制約されずにずっと装着できるパートナー。(ビジネスパーソンなどに)1日中使って欲しい」と期待する。 一方、個人が耳に装着する端末としてはアップルの「エアーポッズ」がすでに人気を博しているほか、米グーグルや米アマゾンも日本では未発売ながら同様の製品を発表している。彼らはVUIの強力なプラットフォームを持っており、そうした相手との競合は一筋縄ではいかない。 その中でソニーモバイルの八木さんは「イヤホンやオーディオを長く作ってきたメーカーとして音質や装着性などの伝統的な強みで(テックジャイアントと)戦う。利用者の状況を察して端末が話しかけるアシスト機能にも先駆的に取り組み、蓄積してきた知見も武器」と力を込める。 日本企業は米テックジャイアントにどう対抗すべきか。野村総研の亀津上級研究員は「ヒアラブル端末の要はVUIだが、大量にデータを持ち、精度を高めているテックジャイアントのVUIの活用は避けられないだろう。それを前提に生き抜く方法としては多様な企業とアライアンスを組み、独自の用途を開発することが大事。例えばセンサーメーカーや保険会社などと組んでヘルスケアのソリューションを提供することが考えられる」と指摘する。 ヒアラブル端末はまだ登場したばかりで、今後はヘルスケアなど多様な機能や用途の開発が期待される。企業にとっては端末のブラッシュアップとともに、アライアンスを含めたサービス開発が競争軸になる。        

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