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プラント設備保全の現場が変わる、ベテラン技術者に代わり先端技術

【前編】
プラント設備保全の現場が変わる、ベテラン技術者に代わり先端技術

スマートコンビナート構想へ向けた舞台となるJSR千葉工場

老朽化したプラントの保守・管理にIoTやビッグデータ、AI(人工知能)をはじめとする先端技術を活用する動きが広がっている。事業構造や拠点の特性に応じた各社各様の取り組みに加え、プラント全体の最適化も見据えた戦略もみえてきた。

異なる技術ニーズ 多様なアプローチで

プラントの設備点検にドローン(飛行ロボット)をいち早く活用し始めた化学大手のJSR。桝谷昌隆生産技術部長は2016年の導入当時をこう振り返る。
 「現在ほどドローンが普及していなかったことから、機種選定から操縦士の確保まで、手探りで進めてきました。今はプラント外部からの設備点検が主な用途ですが、将来的には設備の稼働状況を監視する『運転点検』への活用を目指していきます。そのためには、世の中の最新技術をいち早く取り入れられるよう柔軟な運用ルールや高い操作性などドローンそのものの、さらなる技術革新に期待しています」。

JSRの桝谷さん

同社が蓄積してきたドローン技術は主に鹿島工場(茨城県神栖市)で活躍している。搭載した高精細カメラでプラントを撮影。データはAIによって分析し、腐食などの点検を行う。
 他方、千葉工場(千葉県市原市)では、プラントに設置したセンサーを通じて温度や振動などのデータを収集。点検記録のデジタル化を進めている。両工場の取り組みは、IoTを軸とする点では共通するが、デジタル技術に対するニーズの優先順位は異なるという。
 臨海部に立地する鹿島工場は海風によるプラント設備の表面腐食が激しいことから、プラント表面の点検作業の効率化に対する技術活用ニーズが高い。これに対し、京葉臨海コンビナートの一角に位置する千葉工場は、近隣に石油元売りや化学メーカーの工場が集積。互いに分業しながら海外から輸入した原油をさまざまな製品に加工していることから、相互にデータ連携することで、生産性や安全性を高める「スマートコンビナート構想」を推進している。

業界の共通課題に挑む

旭化成は、老朽化した設備保全を合理化する手法として、ビッグデータ解析に大きな可能性を見いだしている。
 例えば保温材に覆われている配管の外面から発生する腐食検査。保温材下腐食(CUI)と呼ばれるこの損傷現象は、直接、目に見えないことから、検査や管理が困難で、検査コストの5割近くを占めるプラントもあるという。とりわけ高経年した化学プラントでは危険性が高く、対策は喫緊の課題だ。
 同社は自社の検査データを機械学習によって分析することで、検査を行うべき部位を推計するノウハウをすでに確立していたが、デジタル時代の新たな潮流を象徴するのは、企業の垣根を越えたデータ連携によって、分析精度をさらに高め、業界の共通インフラとして活用するアプローチである。
 どのように進めたのかー。製造統括本部の中原正大上席研究員はこう語る。
 「取り組みに賛同した石油化学工業協会内の16社から、約1万6000点の浸食深さの検査結果とそれぞれに関連する37項目の設計や運転条件に関するデータを提供してもらい、これを解析しました。世界的にもこれだけのデータを蓄積しているケースはないでしょう」。
これを元に、モデルの推定精度や適用効果の実証を進めてきた結果、損傷の発生可能性を4ランクで診断するアルゴリズムを開発。保温材下腐食を簡便にスクリーニングできる手法としての有効性も確認済みだ。この予測モデルを活用することで、複数の企業で約1割強の検査費用の削減が見込めるという。今後は保温材の中性子水分計やサーモカメラによる計測結果もモデルに取り入れ、予測精度をさらに高める方針だ。
 背景にあるのは、データ基盤を「協調領域」と「競争領域」に明確化し、戦略的な投資やイノベーションを促進する戦略である。熾烈(しれつ)な開発競争を勝ち抜くため、さまざまな産業分野で広がるこの戦略はプラントの設備保全においても有望視されているのである。
 とりわけ化学プラントにおいては、前述の保温材下腐食だけでなく架台接触部や外面応力腐食割れを対象とする検査は共通性が高く、「協調領域」としてデータ共有の可能性が大きいとの見方もある。

旭化成の中原さん

デジタル革命が進展する設備保全の現場だが、一方で、中原さんは「現場の保全マンが、新しい技術や仕組みをいかに受容できるか」も重視している。目の前の事象を科学的に把握できる技術者やこれを支えるデータサイエンティストの育成はもちろん重要だ。しかし、現場の意識改革が伴わなければ、デジタル技術の活用そのものが目的化してしまう。これは同社に限らず、プラントを保有・運営する企業が直面する課題かもしれない。

横断的な取り組みにつなげる

予兆検知や異常診断が中心だったAI活用を、プラント全体の最適化や自動化も視野に横断的に捉える動きもある。
 石油元売り最大手のJXTGグループが協業相手として手を結んだのは、AIベンチャーで、ユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未公開企業)としても知られる「プリファードネットワークス」。機械学習やディープラーニング(深層学習)を用いて産業用ロボットや工作機械の高度化を実現してきた同社の知見を生かし、石油精製プラントの最適化や自動化技術を共同開発する。
 ベテラン技術者の長年の経験や勘といった暗黙知に支えられてきた側面も色濃いプラント運転や設備保全の現場には、時代の最先端を走るAI企業も大きな関心を寄せている。
 大規模かつ複雑なプラント設備をAIで自動制御し高効率な「スマートプラント」の実現を目指すという両社の取り組み。どのような事業モデルが創造されるのか注目される。

可能性を秘めたプラントのデジタル化。「後編」では、独自技術でこれを支えるエンジニアリング企業やスタートアップの姿を紹介します。

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