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産学連携のカギ握る「間接経費引き上げ」、先進の大学はどうしてる?

産学連携で大型化(研究費の高額化)が進む中、大学は共同研究費における「間接経費」の改革に取り組んでいる。研究そのものに使う「直接経費」に対し、その一定比率で大学本部に入る間接経費が、大学経営の上で大きいためだ。この「直接経費に対する間接経費の比率」を高められれば、国の予算に頼り切らずにすむ、と政府は官民合意によって推進してきた。東京工業大学と千葉大学の先進的な事例から、具体的な手だてを見る。(取材=編集委員・山本佳世子)

【持ち出し状態】

大学の外部資金による研究費は大きく二つに分けられる。一つは直接経費で、装置購入や博士研究員人件費などだ。もう一つは間接経費で、光熱水費や研究室器具、研究支援人材人件費など大学本部が対応する分だ。しかし現状では大学の“持ち出し”状態にある。

というのは間接経費比率は、コスト計算の根拠なしに長年、10%程度と低い大学がほとんどだったからだ。運営費交付金など大学の予算が厳しい中で、「産業界の支援で大幅赤字というのはおかしい」と社会の議論が進んだ。

例えば文科省が2018年度から手がける「オープンイノベーション(OI)機構の整備事業」では、採択大学が学内にOI機構を設置。ここに集団で所属する民間出身者が、大型案件に特化して、各社の戦略に合った企画提案と、直接・間接経費を増やす交渉に当たっている。

【内閣府「コストの見える化」決め手】

内閣府は外部資金獲得に奮闘する大学の後押しとして「国立大学イノベーション創出環境強化事業」を19年度に始めた。国立大が目指す三つの役割のうち「世界」の16大学からは、間接経費の実績数字による1次審査、外部資金の獲得計画の2次審査を経て、千葉大と東工大が決まった。

研究者が心配するのは「間接経費が増えたら企業は、直接経費を減らすのではないか」という点だ。しかし研究者個人の交渉は難しくても、大学組織が一丸となった対応なら理解が得られる、と内閣府は強調する。

さらに「全学のポートフォリオに基づく共同研究や間接経費の将来プランを出してもらい、大学改革の意識を醸成してもらう」(内閣府・大学改革担当室)誘導策をとった。最後の決め手は「組織的な活動方針と、コストの見える化ができているか」(同)。

新事業は間接経費と同様に、使途を限らない交付金という形で、知恵を使い努力する大学の自由度を高めようとしている。

【東工大 40%、3件実現 ニーズに合わせ運営変更】

間接経費相当の比率40%を、すでに3件で実現済み―。東京工業大学は通常の間接経費を25%にし、「戦略的産学連携経費」を15%以上でプラスする新方式を18年度から始めている。

戦略的産学連携経費は知的財産管理や支援人材の経費など、中長期的な大学の研究・産学連携の基礎力を支えるものだ。同大はさらに、より優れた教員が共同研究に参画する対価という説明もして回っている。

渡辺治理事は「国の予算は単年度で使い切り。しかし自ら稼いだ将来に向けた資金は、繰り越して使える形がふさわしい」と考える。戦略的産学連携経費がそれだ。柔軟な使用が可能になるよう、指定国立大学でもある同大は政府に要望を出しているという。

東工大は04年度の法人化直後から、間接経費30%を産業界に対して押し切ってきた、まれな大学だ。国内の理工系総合大学トップという存在感がそれを可能にした。18年度の産学共同研究は前年度比で、件数が11%増なのに対して、金額は30%増の26億円超。件数と金額の伸びの違いから、1件当たりが高額になっているとわかる。間接経費比率の引き上げが大きな効果を発揮するチャンスだ。

間接経費比率を40%とするのはOI機構の対応案件だ。同大は文科省の事業採択を待たずにOI機構を設置し、同大独自の「協働研究拠点」を動かしている。「企業ニーズに合わせて運営の仕方も変えてしまう」(渡辺理事)方針で現在、三つを走らせている。

コマツとは建機部品の摩擦、トライボロジーを手始めに、産学の双方による研究企画室で次のテーマを探る。すずかけ台キャンパス(横浜市緑区)の専用スペース300平方メートル超で、年約1000万円の部屋代は同社が直接経費で支払い、さらに拡張の計画があるという。

学内設置された「コマツ革新技術共創研究所」(東工大提供)

AGCは初め、ニーズが漠然としていたことから学内コンペを実施。その上で次世代モビリティーや高速通信で必要な材料開発で5研究室と、また未来に向けた挑戦的な全固体電池関連など2研究室と、それぞれ共同研究を始めた。同社は戦略的産学連携経費に「15%でなく18%で」と応えてくれた、理解ある大事なパートナーとなっている。

【千葉大 全案件で30%、積算根拠を示す 学長リーダーシップ強みに】

学長リーダーシップを文科省が強化する機会を捉えて、16年度からの「間接経費率30%」を宣言したのは千葉大学の徳久剛史学長だ。「科学研究費助成事業も日本医療研究開発機構(AMED)の事業も30%で、遅れていたのは産学共同研究だけ。自ら要求すべきだと判断した」と徳久学長は強調する。企業相手の交渉に強い医学部出身なのも背景にあるだろう。光熱水費や高騰が続く論文誌の電子ジャーナル価格など、30%となる積算の根拠を示して理解を求めた。

千葉大西千葉キャンパス事務棟

実は「当初は間接経費の引き上げ分だけ、直接経費を減らすことを受け入れた教員もいた」(徳久学長)と、学内外“痛み分け”だった。それを乗り越えて現在、共同研究数も増加基調のまま、ほぼ全案件で30%を実現している。

大規模総合大学は部局の権限が強く、意見がまとまらないことが少なくない。しかし同大は職員も口々に、学長リーダーシップの明確さを挙げ、全学一致体勢なのが強みだ。

同大は従来の産学連携拠点を集約・大幅強化した「イノベーション・マネジメント・オフィス」(IMO)の設置を計画。ここで創出した間接経費など自由度の高い資金を基礎研究、若手研究者、さらに総合大学だけに人文・社会科学系の支援に回すと表明している。

日刊工業新聞2020年1月9日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
間接経費引き上げは各大学が、「(赤信号も)みんなで渡れば怖くない」の状況で取り組むテーマだ。ただ中身もやり方も「みんな(どの大学も)一緒」とはいかない。東工大、千葉大のやり方を踏まえて、中堅大学など「では本学はどうするか?」と頭をひねってほしい。日刊工業新聞の木曜付大学面では2020年も、こんな形で多くの大学のステークホルダーに活用してもらえる記事を提供していきたい。

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