修会長の超人的なパワーで半世紀を乗り切ったスズキ、世代交代へ勝負の100年目

俊宏社長の集団指導体制へ移行期も、業績は悪化傾向

鈴木修会長(右)と鈴木俊宏社長

「たくさんのワクワクを提供できるスズキでありたい」と強調するのは、スズキ社長の鈴木俊宏さん。2020年に創立100周年を迎えるにあたり誓いを新たにする。 これまで織機をはじめ2輪車や4輪車、高齢者向け電動車いす「セニアカー」などを打ち出した。「日々の生活に必要な商品を提供してきた」と歴史を振り返る。 100年に一度とされる自動車業界の変革期。「スピードを伴う変化の中でキラリと光るモノづくり企業を目指す」として今後も時代の変化に柔軟に応える構え。 「会社が大きくなっても創業の心を忘れないように」。スズキの鈴木修会長はそんな思いを込めて09年に「スズキ歴史館」(浜松市南区)を開館した。20年には創業者の鈴木道雄氏が浜松市に前身の「鈴木式織機」を設立して100年の節目を迎える。 織機から出発し、2輪車に参入。55年に国内初の軽4輪車「スズライト」を完成した。軽4輪駆動車「ジムニー」など、独創的な製品を世に送り出してきたパイオニア精神は今も受け継がれている。 スズキを世界的な自動車メーカーに育て上げたのは4代目社長の鈴木会長だ。78年に社長に就任し、翌年に発売した軽自動車「アルト」は47万円という画期的な低価格で大ヒットした。 経営の大黒柱となったインド進出でも先見の明が光った。世界の有力メーカーが時期尚早と躊躇(ちゅうちょ)する中「大手が出ていない国で車を作れば一番になれる」と進出を決めた。15年に鈴木会長の長男である鈴木俊宏社長にバトンを引き継いだ。 スズキの歴史は提携の歴史でもある。81年に米ゼネラル・モーターズ(GM)と提携。しかしGMの経営難により08年に提携解消。翌09年に独フォルクスワーゲンと包括提携したが、わずか2年で決裂した。欧米のトップメーカーとの提携を渡り歩いた末にたどり着いたのはトヨタ自動車。両社は本社も近く創業家がトップを務めるなど共通点が多い。19年夏に資本提携し、自動車産業の“100年に一度の大変革”に挑む。

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