ゲノム活用の時代に入ったがん治療、カギを握る「パネル検査」の課題

がん治療は、全遺伝情報(ゲノム)を活用する時代へ突入した。患者のがん細胞からがんに関連する遺伝子を調べて治療に活用する「がん遺伝子パネル検査」が6月に保険適用となってから半年が経過し、今後全国100を超える医療機関で実施可能となる。一方で、がん遺伝子パネル検査の結果により実際に治療へと結びついた患者は約10%にとどまる。検査実施のタイミングを見極めるなど、効果的な活用が模索されている。 がん治療ではまず、臨床試験の結果などから現時点で最善とされている治療法「標準治療」が行われる。年間新たに約100万人ががんを発症するが、そのうち約40万人が標準治療による治癒が難しいとされる。こうした標準治療の効果がない、または効果がないまま治療が終了する見込みの患者や、標準治療がない患者などが保険適用となったがん遺伝子パネル検査の対象だ。検査により効果が期待できる治療薬が見つかる可能性がある。 一方で課題も指摘されている。検査を実施して治療を開始するまでの期間はおよそ1カ月。その間に病気が進行し、治療法が見つかったとしても治療が間に合わないケースが発生する問題だ。保険適用による検査が開始した当初から、標準治療を終えた患者、または終了見込みの患者を対象とする設計には問題があるのではないかという声があった。 こうした声に、国立がん研究センター中央病院の山本昇副院長は「主治医と患者が早期からがん遺伝子パネル検査の実施について話し合いを始めることが治療の成功につながる」と話す。注目すべきは、“標準治療終了見込み”の解釈だ。1種類目の抗がん剤治療終了後、2種類目の薬剤でも効果が見られない進行がんの患者は、標準治療を終える可能性が高い。 こうした患者に対して、山本副院長は「“終了見込み”の意味を拡大解釈して検査を乱用してはいけない」としつつも「医師は患者が標準治療を終えるのを待つのではなく標準治療終了見込みと想定して検査実施を検討することで、治療が間に合わない事態を回避する」と説明する。検査から治療まで時間がかかることを医師が理解し、適切なタイミングで実施することが求められる。 検査で効果が期待できる薬が見つかっても、保険適用でないため治療費が高額になることがある。こうした場合、治験への参加も治療の選択肢だ。国立がん研究センターでも、国際的に実施される第1相試験を多く実施中だ。しかし、国立がん研究センターでがん遺伝子パネル検査を実施した患者の約半数に効果が期待できる治療薬が見つかるにもかかわらず、治療にたどり着けたのは約13%だ。 治験は通常の治療と意味合いが異なり、誰もが参加できるわけではないことが一つの要因だ。「治験のデータがその後の開発を左右するため、1例の持つ意味は重い」と山本副院長は説明する。患者にとって治験は治療の選択肢の一つだが、企業にとっては開発のステップであり、少数の患者に薬剤を投与して安全性を確かめることを目的とする第1相試験は、特に重要な位置付けだ。治験の薬で治療効果が期待できても、全身状態が悪いと治験参加は難しいという。「治験に入るにも早期に検査結果が分かっていることが重要。患者と医師が余裕をもって検査を検討してほしい」と山本副院長は強調する。 治験に入れなかった患者の受け皿となる制度もある。厚生労働省は、保険適用外の治療をする場合に患者の申し出により薬の適応外使用が検討される「患者申出療養制度」を設けている。国立がん研究センターではこの制度を活用した試験を開始した。患者が個別に申請すると治療開始までに数カ月程度かかってしまう。そこで企業が研究として提供する薬について、あらかじめ研究計画を作成、審議しておくことで、患者の申し出後は迅速に治療を受けられる。 新たな取り組みについての検討も進む。現在、がん遺伝子パネル検査実施のタイミングは治療実施後だが、最初の治療を始めるタイミングで検査をする「前倒し試験」を計画中だ。山本副院長は「治療の前と後、どちらのタイミングで検査をすればより多くの治療選択肢が得られるかを調べる。2020年中には始めたい」としている。 全国の医療機関では、がんゲノム医療に対応する体制づくりが進む。中心となるのが国立がん研究センターなどの「がんゲノム医療中核拠点病院」で、11施設が指定されている。さらに「がんゲノム医療拠点病院」が34施設、「がんゲノム医療連携病院」が122施設指定された。 12月の報告では、11月22日までにがん遺伝子パネル検査が開始されている施設は79施設、11月23日以降に開始する予定の施設が41施設と、今後全国で120施設になる見込み。がん遺伝子パネル検査の実施件数は制度開始後から10月末までに805件となっている。 検査結果はまず患者の治療に活用されるが、将来的には患者の同意のもと新たな治療薬の開発などに使われる。国立がん研究センターがんゲノム情報管理センター(C―CAT)の吉田輝彦副センター長は「数千件のデータが集まれば企業なども利用を考え始めるだろう」とし、21年度のデータ利活用開始を目指して制度づくりを進める。データを利用する企業や大学の研究内容の審査体制など、ルールを検討する。「審査委員の半数以上をC―CAT以外の委員にするなど、外部から見て公平なルールを作る」(吉田副センター長)としている。 がん遺伝子パネル検査とは、がん細胞で生じる遺伝子変異を調べ、変異に応じて最適な治療法を見つけることを目的とした検査。6月に保険適用となり、患者の費用負担が軽減した。国立がん研究センターとシスメックスによる「オンコガイドNCCオンコパネルシステム」(NCCオンコパネル)の場合、患者のがん細胞を使ってがんに関連する114の遺伝子を次世代シーケンサーで網羅的に解析する。がん組織の遺伝子変異と患者が生まれながらに持つ遺伝子を比較してがんの特徴を捉え、高い治療効果がある治療薬の選択に役立てる。 (取材・安川結野)

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