文字を読み上げるメガネ、あえて量産しないものづくりの思い

連載・未来を創るテックプロダクト#04

OTON GLASS

「ソメイヨシノ…」―。メガネ型端末が目の前の文字を読み上げる。オトングラス(東京都千代田区)が開発する「OTON GLASS(オトングラス)」だ。読みたい文字の方を向いてボタンを押すと、メガネに装着されたカメラが文字を撮影し、クラウドを通して音声に変換する。視覚機能や脳機能の問題で文字を読めない人の日常生活をサポートできる。 すでに一部の自治体では障がい者の日常生活を支える用具として購入補助が受けられる体制を整えている。ただ、あえて量産による普及は狙わない。背景には島影圭佑代表取締役のものづくりに対する思いがある。(取材・葭本隆太) オトングラスはカメラモジュールをメガネに取り付け、SIMカードを内蔵した本体ユニットにHDMIケーブルで接続した状態で使用する。カメラで文字を撮影するとその画像がクラウドに送信され、数秒で文字を認識し、音声に変換して読み上げる。ハードウエアを超小型コンピューター「ラズベリーパイ」ベースで作ったほか、米グーグルの文字認識や米アマゾンの音声合成などオープン化された技術を使った点が特徴だ。 開発は島影代表取締役が首都大学東京在学時の2013年に始めた。きっかけは父親が脳梗塞を罹患し、その後遺症で文字が読めなくなる失読症を患ったこと。「ものづくりをしたい思いが元々あり、プロダクトデザインを勉強している中で、父が病気に罹り、目の前にいる人のためのモノを作ろうと考えました」(島影代表取締役)。 文字が読めない生活で不便を感じる場面がどこにあり、どんなプロダクトであれば自立を支えられるか。父親と行動を共にして観察した結果、「メガネが合理的」という答えにたどり着いた。 「診療の日にアンケートに回答していた場面が印象的でした。文字が読めないため、担当医に内容を聞いた上で『はい』や『いいえ』と答えており、目の前の文字に耳でアクセスできればよいと考えました。それをテクノロジーで実現する姿として自分と同じ場所を見るカメラが文字を読み上げる仕組みを考えました」 最初の試作品は大学の卒業制作として作ったが、当時は文字認識技術などの精度が低いこともあり、コンセプトを伝えられる程度だったという。その後、情報科学芸術大学院大学に進学して開発を続け、14年8月にはオトングラスを起業した。父親やそれまでの制作過程で出会った先天的に文字が読めない人たちのためにオトングラスの更新を続け、届けるためには「制作者である自分自身が資金調達し、ビジネスモデルを作って経営する必要がある」と考えたからだ。 オトングラスが社会に求められると自信を深めたのは、17年に金沢市の金沢21世紀美術館で開いた企画展だ。オトングラスを体験できるように展示し、島影代表取締役も一定期間、滞在して来場者に意見を求めた。 「視覚に障がいを持つ人やその人たちを支援する眼科医や医療福祉関係者に興味を持ってもらい、(オトングラスを一緒に作っていく)コミュニティーができました」。 18年6月には兵庫県豊岡市に障がい者の日常生活を補助する道具として購入費が補助される「日常生活用具給付等事業」の対象として認定された。ことし3月にはメガネチェーンを展開するジンズ(JINS)から出資を受け、量産化を視野に入れた。 ただ、現在は量産体制をとらず、高い専門性を持つ特定の人の生活に小さなチームで伴奏してその人に最適化され、個性が際立たせられたオトングラスを開発する事例の創出に注力している。「現代はあらゆるモノがコモディティー化され、モノの価値が分からなくなっている」中で、特定の人に伴奏して制作するからこそ生まれる価値を重視するからだ。それは、ラズベリーパイといったハードウエアやサーバー、音声認識や音声合成といったWebAPIの充実など様々な技術がオープン化され、多様な人がものづくりに参加できる環境があるから生み出せるという。 例えば、視覚に障がいを持つ建築家とは、カメラ部分の造形がペン型でメガネから脱着できるオトングラスを開発した。その建築家は普段、話している時に手元にペンを持ってコミュニケーションしていたため、読みたい対象にペン先を近づけて内容を聞くというその人だからこその使い方ができると考えた。その上で、島影代表取締役は制作過程で生まれた価値を指摘する。 「伴奏による制作の過程で(建築家には)『自分が本当にしたかったことは何か』といった自己言及の機会が生まれました。それは制作を通して創造的な態度で共に向き合ってくれる仲間を見つけ、その仲間との関係性があるからこそ生まれたものです。それこそが(ものづくりによって建築家が得た)価値だと思います。(つまり)多様な人々が制作することでつながり、そこで生まれる関係性や自己言及こそが(ものづくりの)価値だと考えています」 では、そうした事例を作ることで、どうビジネスに展開していくのか。 「高い専門性を持つ特定の人に最適化され、個性が際立たせられたオトングラスを制作することで、その事例と同じ課題を持っており、実はそれを求めていたという人たちが集まって小さな集合体で熱望される。そうした事例をたくさん作ることで、ビジネスとして成立すると考えていますし、社会に与えるインパクトは大きいと思っています」 オトングラスは障がい者などの未来を創るだけでなく、ものづくりのあり方を創造する挑戦でもある。      

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