「真っ直ぐ」という概念は単純なようで難しい

子どもの頃、たいていの方は学校の理科の授業で凸レンズの実験をしただろう。晴れた日に太陽の光をレンズで受けて、光が集まる様子を観察する。うまく焦点を結ぶと火がおこせる。昔なら紙に当てて本当に発火させるところまでやったものだが、今だと焦げ臭くなるぐらいで止めてしまうのかもしれない。  「平行な太陽光がレンズで曲がる」 という先生の説明に、納得がいかずに質問をした。 「太陽光って並行なんですか? でも太陽は一カ所で、そこから四方八方に真っ直ぐ光を出しているんですよね? だったら地球には広がって届くんじゃないですか?」 無邪気な生徒の質問に先生がどう答えて下さったか、残念ながら記憶がない。しかし渋い顔をしていたに違いないと思う。自分が今、子どもから同じことを問われても、的確な答えを返す自信がないからだ。「実用的な精度」を、どう理解してもらえばいいのだろうか。            実のところ「真っ直ぐ」という概念は、単純なようで難しい。グラウンドに糸を張って消石灰で白線を引く。あるいは測量のポールを立てて距離を測る。どちらも厳密には真っ直ぐにはならない。なぜなら地球は丸いのだから、いかにピンと糸を張っても、ごくわずかにカーブしているはずだ。真実の直線は、幾何学でいう「ユークリッド空間」にしか存在しない。 われわれ人間が住む地球という現実空間は、意外に”図りがたい”のである。野球の試合で、強肩の外野手が矢のように一直線の返球をしても、実際は放物線を描いている。飛行機を真っ直ぐ飛ばしたり、道路を直線で敷設したりしたら宇宙に飛び出してしまう。やや大げさな例だが、北極点を中心に半径1万キロメートルの円を描けば、円周はちょうど赤道になる。さらに半径を倍の2万キロメートルにすると、円周は南極点だ。ここでは3.14の円周率も、半径2倍で面積4倍という定理も通用しない。 専門の学者や技術者でなくとも、大人になれば大なり小なり、こういう現実に向き合う。そして「問題が起きなければいいや」と判断する。「実用的な精度」とは、ある種の割り切りなのである。目的に応じてきちんとコントロールされた精度なら、基本的に問題を起こすことはない。           さて、我々の現実社会で「真っ直ぐなもの」の代表はレーザービームだろう。レンズを使って方向を絞り込んだ光の束は、距離の計測や位置の特定、各種のイベントやステージの演出など多くの分野で使われている。 さらにビームを飛躍的に強くすれば、照射した対象物に孔を明けたり、金属など硬いものをカットすることも可能になる。レーザー光は細くて真っ直ぐなので精密な加工に向いているし、切断した面もきれい。ビームを発射するノズルをコンピューター制御で動かすことで、効率よく作業を進められる。金属などを加工するレーザー加工機は、産業用として重要な地位を占めている。 本当はレーザー光だって真っ直ぐじゃない。光は重さのない波動だが、宇宙空間では星の引力にひかれて曲がることが知られている。もちろん、それは天文学的な大きさの話であって、レーザー光は我々の身の回りでは十分に実用的な意味で直線だ。 それでも工場のレーザー加工機による切断は、たまに失敗する。ビームは真っ直ぐでも、素材に問題があったり、装置そのものが振動したりするからだ。失敗すれば後始末が必要になる。真っ直ぐにコントロールされたレーザー加工でも、真っ直ぐにカットできないことがあるのが現実世界。真っ直ぐって、やっぱり難しい。

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