ニュースイッチ

「大丈夫、赤字にはなりませんよ」利益を増やす考え方

連載小説「ぼくらの工場革命」EPISODE9 原価の錯覚
前回までのあらすじ
 この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
 社長拓摩をリーダーとして開始した工場改革の2日目が終わり、改革の難しさを実感しながら活動する中、見積りでトラブルが発生してしまう。

近藤が工場改革2日目で梅原技研を訪れた後、梅原技研ではあるトラブルが発生していた。

「あっ!まずいぞ、まずいぞ、やってしまった!」

営業部の杉山が大きな声で叫んだ。見積書の数字を間違えたまま先方へ提出してしまったのだ。杉山はミスが多く、見積書の内容も不備があることがしょっちゅうなのだが、今回は大きな数字のミスであり重大な事態になっていた。新規顧客からの引き合いがあり、杉山が担当営業として見積書を作成したが、100万円にすべき見積金額を間違えて60万円で提出してしまい、先方から承認されてしまったのだ。
 通常、見積書を作成するときは材料費、加工賃、利益を合算して見積金額を算出する。今回の場合は、材料費が40万円、加工賃は40万円、販売管理費を含めた利益が20万円で合計100万円になるはずであった。しかし、杉山は見積内容を他社のものと勘違いして60万円で出してしまった。先方から60万円で承認されているので今さら「見積金額が100万円です」とは言えない状況である。

杉山は見積書を持って工場へ向かい、藤原工場長にこの件を報告した。

「バカヤロー!何やってんだ!ちゃんとした見積りを再提出してこい!」

工場内に藤原の声が響きわたる。杉山はこの金額で何とか製作してほしいと頭を下げてお願いするが、藤原は原価を下回る受注には納得しない。原価とは、材料費と加工賃であり、この見積りにおいては40万円+ 40万円= 80万円となる。少なくとも原価以上でなければ赤字受注になるという認識なのである。
 杉山は藤原が納得しない様子を見て、いったん工場から出て拓摩に相談しにいった。拓摩は杉山から状況説明を受け、原価割れ受注を承認するわけにはいかないと思いつつも、今後の売上確保のためにも何とかこの新規顧客から受注したいと考えていた。拓摩は前職で財務会計に関する経験があり原価計算はどちらかというと得意であったが、赤字受注することに対し藤原を説得できそうもないと感じていた。そこで、近藤へ電話して相談してみることにした。

「近藤先生、忙しいところすみませんが、ちょっとトラブルが発生してしまい、ご相談したいことがあります」

近藤は拓摩から一通り状況を説明してもらった後、拓摩に答えた。

「拓摩社長、もし材料費が40万円なら60万円で受注しましょう。大丈夫、赤字にはなりませんよ」

拓摩は近藤の回答に驚き、なぜ赤字にならないのかを尋ねた。近藤は「管理会計」という考え方を拓摩に説明した。会計には「財務会計」と「管理会計」がある。財務会計は株主など社外の人に対して決算状況を報告することが目的であり、財務会計のルールに従い利益を算出する。
 一方、管理会計とは経営の意思決定をするために社内で行うもので特定のルールはない。近藤は、今回の見積書について、財務会計の考え方だと確かに原価割れして赤字受注になるが、管理会計の考え方だと赤字とは限らないという。材料費については、工場がお金を出して材料を購入するので、さすがに材料費を下回って受注した場合は赤字受注となる。しかし、加工賃は工場が誰かに支払うお金ではない。社内で加工する場合においては、注文ごとの加工賃ではなく月給として作業者にお金が支払われるのである。そして月給(残業やその他特別な手当てを除く)は毎月一定であり、工場のコストから見ると固定費なのである。工場のコストには変動費と固定費がある。変動費は、売上の変動に合わせて変化するもので、売上が上がれば上がり、売上が下がれば下がる費用である。
 具体的には、材料費や外注費である。固定費は、売上が変動しても変化しない費用である。具体的には、機械のリース代、社員の人件費(月給)である。管理会計の考え方では、利益を以下のように計算する。

「売上=変動費+固定費+利益」

この式の順番を変えると以下のようになる。

「利益=売上-変動費-固定費」

固定費は変わらないのであるから、利益を増やすには、(売上-変動費)を増やせばよい。
 今回の見積りのケースで言うと、売上(見積額)が60万円、変動費(材料費)が40万円であり、(売上-変動費)= 20万円なので会社の利益が増えるということになるのだ。拓摩は近藤の説明を聞きながら、まさに目から鱗が落ちるような衝撃を受けた。もちろん、材料費を下回らないような安い金額でどんどん見積書を出していいわけではない。

また、社内の稼働状況によっても変わるので単純にこの管理会計の考え方を実践するのは正しくない。しかし、この考え方が場合によっては大いに活躍するのは間違いない。近藤は最後に拓摩にアドバイスを与えた。

「拓摩社長、この件は藤原工場長にも相談が必要ですね。人は物事を理屈ではなく、感情で理解するということを覚えておいてください。理屈ではなく感情ですよ」
「はい、わかりました」

拓摩は近藤に礼を言って電話を切り、さっそく杉山に説明した。杉山は管理会計の考え方をいまいち理解していないようだったが、拓摩が何とかしてくれそうだという雰囲気を察して笑顔が戻っていた。

「拓摩社長、藤原工場長にはどう説明しましょうか?」
「1日だけ時間がほしい。明日改めて藤原工場長のところに行ってみよう」
「はい、わかりました。色々と迷惑をかけてしまって申し訳ないです」

 拓摩は近藤のアドバイスを思い出していた。感情とはどういうことだろうか。自問自答を繰り返しながら、理屈と感情について考えた。しかし、納得できる答えが見つからないまま時間だけが過ぎていた。(続く)

近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
近江技術士事務所
工場管理 2019年9月号  Vol.65 No.10
【特集】中小企業のための人材育成体系づくりQ&A
 中小企業における人材育成は、日常の職場・現場の中で見て覚え、スキルを身につけていくOJT(On the Job Training )が用いられることが多い。しかし、教育にかける人・モノ・資金・時間が捻出できないという理由から、現場任せのOJTになりがちだ。それでは、1人ひとりの成長目標やキャリアを見据えた育成になっているとは言いがたい。企業の将来の生き残りと発展を見据えた場合、経験値や成長レベルに合わせ、長期的な視点で教育計画や制度を体系化し、中核人材を育てていくことが不可欠である。特集では、中小企業の現場で起こり得る人材育成の課題や悩みを取り上げ、Q&Aで解説。8社の企業事例を通して、経営者の教育ビジョンや考え方、教育制度・人材育成の仕組みづくりのヒントを見出す。

雑誌名:工場管理 2019年9月号
判型:B5判
税込み価格:1,446円

販売サイトへ

Amazon
 Yahoo!ショッピング
 日刊工業新聞ブックストア

編集部のおすすめ