製造現場を知らない後継者、工場改革は進むのか

連載小説「ぼくらの工場革命」EPISODE2 社長の船出

前回までのあらすじ  この物語は、若き経営者が工場改革を実行していく奮闘記である。梅原技研の創業者であり現会長の梅原耕造は、あるきっかけからコンサルタントの近藤の講演を聴いて、息子の拓摩に経営を譲ることを決意した。 梅原拓摩は1984年生まれの35歳である。父である耕造が1989年に梅原技研を創業した時は5歳。当時の記憶はほとんどないが、物心つく頃からいずれ自分が後継者として社長になるということは意識していた。  高校を卒業するときに、進学するか、梅原技研に入社するかを悩んだが、結局進学することにした。耕造は早くから現場の仕事を覚えてもらいたいと入社することを薦めていたが、拓摩は将来の選択肢の幅を広げる必要があると考え、進学することに決めた。拓摩は常に冷静で物事をよく考えて行動するタイプであり、目先のことに没頭するタイプの人とは相性が良くない。そのことも影響して、先のプランが決まっていないまま製造現場に入ることに抵抗もあったのだ。また、当時、同年代のスポーツ選手が高校を卒業してすぐプロにならず進学していることも後押しした。  進学先の大学では経済学を専攻し、その後大手メーカーへ入社した。大手メーカーでは、主に管理部門に在籍し、経営管理や財務管理の仕事を中心に経験を積んだ。一方で、製造現場でのいわゆる「モノづくり」の現場経験はほとんどなく、周りからは現場を知らないという印象を持たれていたが、拓摩自身はさほど気にしていなかった。 拓摩が大手メーカーに在職中、日本の製造業はリーマンショックの影響を大きく受けた。梅原技研も例外ではなく、このときばかりは大きな経営危機を経験した。大手メーカーと違い、梅原技研のような中小メーカーは経営危機により倒産してしまう。もちろん大手であっても倒産することがあるが、中小メーカーの場合、ほとんどがオーナー企業であるため、経営者は人生をかけて経営をしている。この点から、倒産に対する責任の重さが大手メーカーの経営者とは根本的に違う。まさに命がけで経営をしなくてはならないのだ。 もし、拓摩が高校を卒業した後、梅原技研に入社していたら、経営者としてリーマンショックの経営危機を迎えていた。その経営危機を乗り越えることができれば経営者として大きな成長が見込めたのかもしれない。  しかし、大手メーカーに在職していたため、仕事は忙しくなったが命がけという心境になることはまったくなかったのだ。製造現場を知らないということと真の経営危機を経験していないことは、拓摩が社長として梅原技研を経営していく上で大きなハードルになっていくのである。 「拓摩、ちょっといいか?」 耕造は拓摩を呼び、経営を譲ることについて話を始めた。耕造は、梅原技研の経営から退き、全てを拓摩に任せたいという想いを伝えた。拓摩はじっと耕造の話を聞き、最後に大きくうなずき、これからは自分がすべて経営をやっていくことを決意した。 耕造は、梅原技研の工場長である藤原剛と拓摩の相性が良くないことが気になっていた。藤原とは創業以来ずっと二人三脚でやってきた。少し頭の固いガンコなところはあるが、仕事一筋で梅原技研を支えてきてくれた藤原に感謝している。拓摩は理論的に考えるところがあり少し理屈っぽいが、藤原は義理や人情を重んじるところがあり、お互い話をしてもかみ合わない。耕造は、これから拓摩と藤原が二人で梅原技研を支えていってくれるか不安な気持ちをぬぐい切れないが、拓摩はそのことについて特に相談をしてこなかった。拓摩に藤原との関係についてどう考えているかを聞こうとも思ったが、不安がさらに膨らんでしまい経営を譲る決意が揺らいでしまうことが怖くて切り出せなかった。 工場長である藤原は、創業から会社を支えてきた耕造に対して忠誠心があり、耕造の指示には基本的に従ってきた。これは耕造自身が創業からリーマンショックという経営危機を命がけで乗り越えてきた創業者としての背水の陣を見てきたからである。  一方で、現場の泥臭い努力を経験していない拓摩には好感が持てずにいた。理屈だけでは仕事はできないという信念が拓摩との距離感をつくりだしていた。この距離感を何とか埋めなくてはならないと考えたが、耕造自身が間に入って話をしたところで、息子である拓摩は素直に話を聞いてくれないだろうし、藤原は一応話を聞いてくれるだろうが、考え方を変えないのは想像に難しくない。  耕造は、自分だけではこの関係性を改善することが困難と考え、外力を活用できないかと考えた。そこで、講演で会った近藤を思い出し、近藤に相談してみようと考えた。 話を終えた耕造は、拓摩に近藤の講演内容を説明し、まずは一度工場を診てもらう提案をした。拓摩は半信半疑ではあったが、外部のコンサルタントがどのような視点からアドバイスするのか興味もあり、近藤の来社を承諾した。そこで、耕造は近藤に電話をかけて工場に来てもらうことにした。 「もしもし、近藤先生でしょうか」 「はい、近藤です」 「先日講演を聞かせていただいた梅原技研の梅原と言います。実は、これから工場管理を強化していこうと思っております。講演の際、工場を診ていただけるというお話がありましたので、ぜひ一度お越しいただきアドバイスしてもらえないでしょうか」 近藤はスケジュールを確認して返事を返した。 「では、3月1日に伺いましょう。工場診断では、特に準備は不要です。あと、工場の人には工場診断することを伝えないでくださいね」 「はい、了解しました。では当日よろしくお願いいたします」 3月1日の朝、近藤が梅原技研に到着し、波乱の幕開けとなる工場診断が始まろうとしていた。(続く) 近江 良和(おうみ よしかず) 近江技術士事務所 主任コンサルタント 日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。 工場管理 2019年2月号  Vol.65 No.2 【特集】現場管理者必携!安全作業の教え方ガイド  慢心やルールの不徹底から生じる綻びが重大な事故の引き金となり、作業者の安全を脅かしている。多くの製造業が安全教育を実施しているものの、安全の理念が形骸化してしまうこともあるため、安全教育は継続的に行うことが望まれる。また、危険な個所や作業には安全への意識をより一層高めるように、注意を喚起させる工夫が必要だ。特集では、事故を引き起こしやすく、危険が伴う作業の教え方のコツを解説。また、教えられる立場の作業者自身が、危険を具体的にイメージし、作業工程の注意点をつかめるようにポイントを示す。教える側、教えられる側の双方ともに、安全作業を日常的に遂行できるよう指南する。 雑誌名:工場管理 2019年2月号 判型:B5判 税込み価格:1,446円 販売サイトへ    

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