「人は理屈でなく感情で動く」とはどういうことか

連載小説「ぼくらの工場革命」EPISODE10 理屈と感情

前回までのあらすじ  この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。  社長拓摩をリーダーとして開始した工場改革活動の中、見積り間違いのトラブルが発生。近藤のアドバイスをもとに解決に向け拓摩が動き出した。 拓摩は近藤から受けたアドバイスのことをずっと考えていた。人は理屈でなく感情で動くということは、つまり論理的な説明ではダメだというサインである。拓摩はどちらかというとロジックを立てて話すタイプであり、それを知った上であえて近藤は拓摩へ「感情」という表現を強調した。拓摩は近藤の意図を理解しつつも、どう感情を動かせばよいのかわからず悩んでいた。 「拓摩、どうかしたか?」 たまたま拓摩を見つけた耕造が声をかけた。拓摩は普段はあまり耕造に相談をしないが、今回ばかりは少し頼ってみようと考えた。拓摩は杉山が見積書の金額を大幅に間違えたこと、杉山が藤原工場長に説明に行って怒鳴られたこと、近藤に相談したこと、そして近藤のアドバイスを一通り耕造に説明した。耕造はしばらく考えた後、拓摩にアドバイスをした。 「近藤先生の言う感情とは、お互いの信頼関係ということじゃないだろうか。信頼関係ができた上で細かい相談をして最も良い選択をするということだ。相手に対して信頼関係ができていないまま何を話しても建設的なコミュニケーションはできない。仮にそれが正しい正論だったとしても、相手に対する敵対心が出たらどうしようもない。そうだ、藤原工場長は日本酒が好きだから、一度飲みにいったらどうだ?人は自分のことを理解してくれる人を信頼する。その第一歩は自分の話をちゃんと聞いてくれることだ。酒を飲みながら藤原工場長の苦労話でも聞いてあげたら信頼関係も築けるんじゃないかな」 拓摩はあまりお酒が好きな方ではないが、藤原工場長を今夜誘ってみることにした。とはいえ、どこに行けばいいのか見当もつかなかった。そこで花村に相談してみることにした。事情を聞いた花村は経理担当のところへ向かった。拓摩はてっきりインターネットで近くの日本酒が有名な居酒屋を検索すると思ったので、少し困惑しながらも花村の帰りを待った。しばらくすると花村が戻ってきて、拓摩にメモを渡した。そのメモには一軒の居酒屋の名前と連絡先が書かれていた。 「花村さん、ありがとう。ところで、どうやってこの店にたどり着いたの?」 「経理担当にここ数カ月の交際費について聞き、領収書を調べました。そして、藤原工場長が何度か行っているお店を絞り込んだんです」 拓摩は再度花村に礼を言い、改めて花村の仕事ぶりに感銘した。拓摩はさっそく藤原に声をかけて居酒屋へ向かった。藤原と拓摩はカウンターの席に着いた。藤原は日本酒、拓摩は水割りを頼み、しばらく沈黙の時間が過ぎた。数分後、飲み物が運ばれ、二人は軽く乾杯をした。 「あー、この酒はうまいな。ところで、もう聞いてるかもしれないけど、杉山がまたポカをした。あいつはどうしようもないな。ちゃんと教育してやってくれ」 藤原は見積り間違いの話を拓摩に振ってきた。拓摩はまだ相談する段階でないと判断し、話題をすり替えた。 「はい、私から杉山には厳重注意しておきます。ところで、藤原工場長は日本酒が好きと聞きましたが、工場の人とよく飲みに行くんですか?」 「昔は良く行ったもんだが、最近はあまり行ってないな。若い連中はあまり酒を飲まないしな。昔はいろいろ大変だったけど楽しかった。会長と一緒に仕事一筋の生活だった」 藤原は梅原技研で働いてきたことを拓摩に話し始めた。拓摩は徹底して聞き役に回り、しばらくの時間が過ぎた。お酒が回ってきたせいか、藤原の機嫌が良くなり笑顔も出るようになってきた。  拓摩は見積りの話を相談してみることにした。 「藤原工場長、実は相談があります。杉山の見積り間違いの案件ですが、何とか製作してもらえないでしょうか?もちろん、原価を割っているのは確かですし、藤原工場長が反対されるのも当然です。しかし、この案件は梅原技研の将来に必ずプラスになるものですし、次の受注から今回の損失を補填するよう全力で取り組みます。ミスを必死に挽回させることで杉山をもう一歩成長させてやりたいんです。少しでも利益を増やすにはどうすればよいかを徹底的に考えることで、杉山は必ず何かを学びます。ですから、チャンスを下さい。お願いします」 拓摩は梅原技研の将来、杉山の成長という点から藤原に熱意を伝えた。 「拓摩くん、ずいぶん大きくなったな。工場の片隅で走り回っていた子が、会社の未来を考えるようになったか。杉山はまだ若い。じっくり育ててやってほしい。例の見積りの件、明日の朝からやれば納期に間に合うから、伊藤に直接話して進めてくれ」 「わかりました。ありがとうございます」 二人はもう少し話を続け、店を出た。  今回の件で、藤原と拓摩の関係は良くなった。藤原は、居酒屋でのことを耕造に電話で伝えた。耕造は藤原と拓摩の関係が良くなったこととともに、拓摩が成長していることがとても嬉しかった。  翌朝、拓摩は杉山を呼び、さっそく伊藤のところに製造指示書を持っていった。そして、拓摩は杉山に課題を出した。管理会計の考え方だと大きな赤字にはならないが、杉山が次の受注からいかに利益を増やすために努力するかが重要であり、そういう意味では杉山が管理会計の考え方を理解していないのは都合がよかった。 「今回の見積り間違いで40万円の損失が出ている。これを3カ月間で挽回するように」 「えー、そんなの無理ですよ。40万円なんて。どうやればいいか教えてください」 「それを自分で考えるんだ。まず、すべてのコストを洗い出して、コストダウンできるかどうか、あと、新しい視点で売上を上げる策を考えるんだ」 杉山は拓摩に「やってみます」と言ってみたものの、どうすればよいかはまったくわからないままであった。(続く) 近江 良和(おうみ よしかず) 近江技術士事務所 主任コンサルタント 日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。 工場管理2019年10月号  Vol.65 No.11 【特集】 強い工場へ変革! 組織を越えた全体最適視点の改善活動  一部の職場の部分的なムダ取りや生産性を上げる改善活動自体が、時として工場全体の生産性を押し下げるマイナス要素になりうることもある。部分単位での改善をいくら掻き集めても全体最適改善にはつながらない。改善の本来の目的は、企業の競争力を上げること。その目的達成のためには、自社の強化ポイントを見極め、受注から出荷までのサプライチェーン全体に潜む課題を見つけ出し、営業や設計、製造、調達などの組織の枠を越えて横串となって解決に取り組むことが必要だ。特集では、組織連携を図りながら全体最適視点をもった改善の進め方を実践事例とともに紹介する。 雑誌名:工場管理 2019年10月号 判型:B5判 税込み価格:1,446円 販売サイトへ      

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