今や100億円市場…奇抜な夏の新定番「空調服」は勉強嫌いが生んだ

連載・発想のスイッチの入れ方#04/空調服会長・市ヶ谷弘司

腰部分に取り付けた小型のファン(扇風機)で外気を取り入れ、体の表面に大量の風をながすことで汗を気化させて涼しくする「空調服」。一見奇抜に見えるこの服は夏の作業現場における熱中症対策として定番になった。参入するメーカーが増え、今や市場規模は100億円以上と言われる。生みの親は元ソニー社員で空調服(東京都板橋区)会長の市ヶ谷弘司さん。服にファンを取り付けるという大胆なアイデアはなぜ生まれたのか、そしてそのアイデアをどう実現したのかを聞いた。(聞き手・葭本隆太/写真・高山基成) ―「空調服」はどのようなアイデアから生まれたのですか。  エネルギーをほとんど使わない冷房装置ができないかと考えたのが始まりです。1993年ころに、当時手がけていたブラウン管の測定器の販売で東南アジアに何度も行きました。そこでビルが次々と建つ様子を見て「みな冷房を使うだろうから地球温暖化が一層進むだろうなぁ」と考え「冷却」に関心を持ちました。その後、ブラウン管が液晶に変わる中で、(企業として)生き残るための次の事業を模索し、98年ころから冷却分野に取り組みました。(地球温暖化の抑制につながる)エネルギーをほとんど使わない冷房装置として水の気化熱を活用するクーラーを検討し、(高温多湿の)日本の夏でも実用的な湿度を増加させない方式の装置の実験を始めました。 ―「冷房装置」から「服」を発想したのはなぜですか。  いざ犬小屋を買って部屋を冷房する小さな装置を実験しようとしたとき、部屋全体を冷却する必要はなく、(部屋で生活する)人が涼しければよいと気づいたからです。そこで、特殊な服の表面に水を散布して小さなファンで空気を流して、水の気化熱で冷却する仕組みを作ったのですが、ポンプとパイプなどの接続部分の水漏れが大変でした。それから改めて考え直し、人は暑ければ自然と汗をかき、それは人が体全体の皮膚や体温で温度を感じた上で、必要量を汗腺から出して汗の気化熱で体温を制御することに着目しました。 ―市ヶ谷さんが命名された「生理クーラー理論」ですね。  人間は体を冷やすことのできるほとんど完璧なクーラーシステムを持っています。足りないのは出た汗を蒸発させるための空気を流す仕組み。それを効率よく実現するものが空調服です。 ―アイデアが出ても、それを効率のよい製品にするのは難しそうです。  ファンで空気を流す際の効率は大きな課題でした。わずかな電力で抵抗が少なく、常に新鮮な空気が流れ、汗がすぐ蒸発するような風路の作り方やモーターの選び方などは仮説と実証を積み重ねて最適化しました。 ―ファンが着いた服は一見奇抜です。受け入れられるのにも苦労されたのではないですか。  比較対象がないですからね。(ブラウン管の測定装置を売っていた)それまでと販路も全然違うし、無謀だったとも思います。一時はほとんど倒産状態にもなりました。ただ、その奇抜さゆえにメディアに取り上げてもらうことも多かったです。それを見てかどうかはわからないのですが、建築現場の鉄筋工向けの工具などを扱う専門商社が関心を持ち、共同で鉄筋工向け空調服を売り出しました。それが鉄筋工の方に使ってもらえるようになりました。建築現場にはいろいろな業種の方が来ますし、空調服は目立つのでそうした現場(の口コミ)から利用が広がりました。それが立ち直るきっかけですね。 ―今では夏の定番となり、競合製品も多く出てきました。  発明者として普及するのはとてもありがたいです。5―10年先に(作業現場以外でも)空調服を着るのが当たり前の時代になればと思います。一方で空調服はあくまで冷却製品です。服といっても電気を使うので知識がない企業が安易に手を出して事故が起きると問題です。(類似品には風路の設計などが適切ではなく)効果がほとんどないものも見受けられます。先駆者としてよいものが流通するように占有率をしっかり維持していきたいです。 ―着用を一般化していく上での改善ポイントはどこですか。  外観と性能向上の両立にはまだまだ伸びしろがあります。エアコンは数十年前と比べて消費電力が格段に下がっています。その点、空調服はまだほとんど研究されていませんので、研究を本格的に進めていきます。 ―これから取り組みたいことはありますか。  「生理クーラー理論」を活用したアイデアがたくさん眠っているので商品化していきます。エネルギーを使わずに暑さを抑える社会を実現したいです。 ―空調服というアイデアの発想は冷房装置が服に転換された時がポイントだったと思うのですが、頭の中でそうした転換ができたのはなぜでしょうか。  勉強が嫌いだからかもしれません。自己弁護かもしれませんが、勉強するとその方向に考え方が寄っていくというか。例えば、地球温暖化を抑制する冷房装置を考える際にクーラーについて深く勉強していたら、いかに効率のよいクーラーを作るかを考えたと思うのですが、服という考え方にはいかなかったと思います。 それぞれの技術を木の枝と捉え、それがいろいろな分野で伸びている様子を想像して欲しいのですが、その枝の先端に行くのは勉強するということ。(新しい製品を開発する方法としては)そこをさらに伸ばすという方法はあると思いますが、枝と枝の隙間にはまだ誰も勉強していない分野があると思っています。私はそれを見つけるのが得意だったということでしょうか。 ―その隙間を見つける際の拠り所はありますか。  あまり深く高度なことを考えずに素直に捉えるというか。例えば初めて「冷却」に関心を持った時は「太陽光を反射すれば温暖化を抑制できる。だから地球の7割を占める海表面を白っぽくすればよいのではないか」とか考えていました。それってとても素直な考え方ですよね。 ―元々素直に考える人だったのですか。  小さいころからですね。鏡を見て左右反対に映る理由とか単純なことに疑問を持ってなぜかを考えていました。 ―市ヶ谷さんの中でアイデアが生まれる瞬間に特徴はありますか。  答えが難しいですね。考えて考えてたどり着いたアイデアもあるし、ちょっと考えて出たものもありますが、ぱっと突然ひらめくという感覚はないですね。あとアイデアを実験するとほとんどが思い通りに行かないのですが、失敗が発明の基になったことはないです。仮説して実験してズレが生まれてそれを埋める仮説を立てて実験してを繰り返してゴールに近づけていく感じです。 ―新しい製品を生み出すにはアイデアを発想したその先で、仮説と実証を繰り返すことこそ大事とも言えそうですね。  それに関連して1つアドバイスがあるとすれば(もしアイデアの製品化に挑むなら)お金をかけないことです。お金をかけて作ったものは最終的にコストが高くなるのでビジネスが難しくなります。 ―アイデアを練る際に他人の意見をどのように取り入れていますか。  (他人の意見を聞き取り入れることは)大事にしています。一人で考えていると固定観念に縛られますから。空調服も現在の商品は、息子(市ヶ谷透・空調服社長)の意見を取り入れて開発当初に比べてファンを思いきり大きくしました。当初の製品は風量が足りないという課題があったのですが、服につくファンは目立たないようになるべく隠したいと当たり前に思っていたので、私の考えだけではあれほど思いきり大きくはできなかったと思います。 ―発想法について一般のビジネスパーソンに対し、アドバイスをいただけますか。  難しいですね。勉強しない方がよいとは言いにくいし、強いて言うならとにかく好奇心を持つと言うことですかね。          

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