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増える訪日ムスリム、「ハラール食」にどう対応すべきか

連載・拡張する「食のバリアフリー」
増える訪日ムスリム、「ハラール食」にどう対応すべきか

ムスリムの方々とも重要な「コミュニケーション術」は食事(提供:小林真樹さん)

 「食のバリアフリー」は宗教上の理由や嗜好、アレルギーなど、どんな食生活の方でも、食を楽しめるように、日本に増える多国籍な住民や観光客の多様な食文化や食嗜好にも配慮する考え方。食のバリア(制限)に対して正しい知識を得て多様な国籍の友人と分け隔てなく食事を囲むことにより、日本社会に暮らしながら、多様な文化に対する理解が促進されるなど私たちの“世界”を拡張することができる。

 本連載は、多様な食のチョイスへ理解を後押しし、インクルーシブ(包括的)な視点を持ってもらうための一助となるよう、識者や食の実践者の方々のお話から、ハラール、ベジタリアン、ヴィーガンなどの食文化や嗜好についてひもといていく。(取材・腰塚安菜)

アレルギー配慮から国際理解の文脈へ 拡張する「食のバリアフリー」


 2019年4月に設立された日本フードバリアフリー協会は「食のバリア」対策として以下5つの項目を示す。

1.食のバリアに正しい知識を得る
2.食事の内容をわかりやすく表示する
3.使用している食材を明記する
4.共通のマークで、誰にでもわかりやすく
5.フードバリアフリーを実践し、お客様に伝える


 読者の中には、幼少期に自分や家族、同窓生の食物アレルギーが「自分ごと」だったという人もいるだろう。「食のバリアフリー」の対象者としてまず真っ先に思い浮かぶのは、ある原材料を摂取するとじんましんや呼吸困難、最悪の場合、致死の危険もあるショック症状を起こすこともある食物アレルギーを持つ人たちだ。アレルギーの元となる成分(アレルゲン)の万が一の混入も避けなければならないため、食品選びや食事の際に目印となる原材料の表示やマークが喫緊の課題となる。

 食物アレルギーへの配慮としてこうした措置は早くから取られてきたが、世界に目を広げると「食のバリアフリー」対象者は他にも存在する。

 日本フードバリアフリー協会によると、近年日本に増える外国籍の観光客(インバウンド)が持つベジタリアン、ヴィーガン、ハラール、コーシャなどの「規律」にも対応する必要性が増している。

 「食のバリアフリー」の概念が宗教上の理由や個々人の持つ食の嗜好にまで拡張した社会で、本当の意味で「誰もが」安心して食を選び、楽しめる環境づくりをするために、国際化する日本社会を意識し、個々人の背景にある食文化や慣習への理解を促進すべきだといえるだろう。第1回では「食のバリアフリー」対象者という認識の少なかったハラールという文化について理解を深める。

「食のバリアが多い=ムスリムの生き方? 」


ハラールマーク

 「ハラール対応」という言葉を見聞きしたことがある人も、生活の中で実際にそれを必要とする人と接する機会が少ないことが、著者自身、理解不足の原因であると感じていた。課題意識を持ったきっかけは2016年の熊本震災で、被災したイスラム教徒(ムスリム)の住民が配給された食品にハラールマークがないために「食べられるものがない」と判断し災害弱者となってしまったというニュースで支援企業の担当者から直接報告を受けたことだ。

 ムスリムは実際、インドネシアを世界最多にイラン、トルコ、アフガニスタン、アフリカに至るまで世界中に存在するが、ここでは日本に暮らすムスリムについて考える。また、人々の暮らしや食事風景にも想像を広げるため、インドとその周辺国の食文化に精通する識者に詳しくお話を聞いた。

「インド亜大陸」食文化コミュニケーターにきく ハラールの様相


2つのフェスティバルの初日を行脚していた小林真樹さん

 8月の3連休中、東京都台東区の上野恩賜公園でパキスタンと日本の文化交流イベント「パキスタン&ジャパンフレンドシップフェスティバル(8月10日~14日)」、同港区の芝公園でイスラームの重要な祭日に合わせた「東京イスラーム文化交流フェスティバル(8月10日~12日)」が開催されていた。ここで『日本の中のインド亜大陸食紀行』(阿佐ヶ谷書院)著者の小林真樹さんを訪ねた。

              

 イスラム法で「許されたもの」を意味するハラール。小林さんが長年取材領域とし、著書で定義する「インド亜大陸」(インドとその周辺国)のパキスタンやバングラデシュは象徴的な国々でもある。「インドのように国民にヒンドゥー教徒が多数の国もあるので、ハラール食材以外にも多くの食材が流通する国はある。もちろん中東はムスリムが多数派なので多くのハラール食材が流通し、消費されている」。

 NPO法人日本アジアハラール協会によると、ムスリムは食肉の処理だけではなく、加工品や化粧品でも、原材料にハラールではない成分(ポークエキス、ゼラチン、豚脂など)を食べたり利用したりすることができない。在日ムスリムの食のアクセスは困難な印象だが、東京・新大久保の「ムスリム横丁」のような場所では「HALAL」の文字やマークを掲げた専門店がいくつか存在し、ハラール食材にアクセスできる場所が古くから発達してきた。商品だけでなく、ホテルやレストランといった店舗もハラール認証やムスリムフレンドリー認証を受けることができるという。

 どんな料理が適応するのか?と具体的に深堀したくなるが、少し注意しなければならない。「どの国の料理がハラール食」と明確に結び付けられるものではないため「ハラール料理」という概念はないと小林さんは指摘する。「(ムスリムには)あれもこれもダメという厳しい戒律のイメージは確かにあるが、基本的に豚肉やアルコール以外の締め付けはなく、実情はそんなに堅苦しいものではない。何料理がダメということも無く、韓国料理も中華料理も、日本食ももちろん『適応食』となりうる」。

 「東京イスラーム文化交流フェスティバル」では、それぞれ認証機関ごとに取得したハラールマークを掲げたマレーシア、バングラデシュ、トルコ料理の屋台のほか、証明書を貼って肉を焼く日本風の「串焼き」屋台も並び、フレキシビリティが感じられた。

 「インド亜大陸」の食や料理を介した小林さんのコミュニケーション活動は食器の営業を兼ねて人を訪問することから始まったというが、日本各地で店を営むアジア国籍の住民たちに料理のもてなしを受け、心を開いてもらうまでのコミュニケーションは、なかなか真似できるものではない。現地語が使えることも一つの利器ではあるが、「同じ釜の飯を食う」ことの重要性にも気づかされる。

「ムスリム・レストラン」で受けるもてなし (提供:小林真樹さん)

 食器専門店「アジアハンター」で扱う食器や本の営業は商売に直結する一つの手法だが、そればかりではない。小林さんは日々、SNSアカウントを介し、写真やことばで人情味を伝える。筆者は自宅で作るインド料理に見合う容器を探しているうちに「アジアハンター」にたどり着いた。以前からその存在を知っていたが、『日本の中のインド亜大陸食紀行』の刊行情報を見つけるまでは、愛読していたTwitterの発信者が、食器のプロデューサーであり、本の著者である小林さんであると気づかずにSNSのタイムラインに流れてくる写真を眺めていた。ムスリムの生活様式や国ごとに独特な料理の文化について、予備知識のない私のような読者にとっては貴重な情報の一つである。

 世間の関心の先は飲食店のハラール対応、ハラール認証の取得やマークの普及といったビジネス面が先行しがちである。その中で、小林さんは食事を共にし、自身で撮影する写真や言葉を通して、勝機を狙ったハラ―ルビジネスからは見えてこない、人の生き様や料理の味を伝え続けている。
腰塚安菜氏

腰塚 安菜(こしづか あんな)
1990年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学期から商品の社会性に注目し、環境配慮型ライフスタイルを発信。(一社)ソーシャルプロダクツ普及推進協会主催「ソーシャルプロダクツ・アワード」審査員(2013~2018)。社会人ユースESDレポーター(平成28年度・平成29年度)として関東地区を中心に取材。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)所属員。主な取材フィールド:環境・社会、教育、文化多様性

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