人工知能研究者が伝えたい、失敗やAIとの上手な付き合い方

【なぜ?なに?失敗】#6 人工知能研究者 黒川伊保子氏インタビュー

 失敗は時に人を成長させる。では脳科学の視点で失敗にはどのような価値や意義があるのだろうか。人工知能(AI)研究者で脳科学に詳しく、エッセイストの顔を持つ感性リサーチ社長の黒川伊保子さんに聞いた。(取材・葭本隆太)  ―著書「英雄の書」などで脳にとって失敗を重ねることの重要性を指摘しています。  人の勘やセンスは失敗してこそ磨かれる。人の脳は失敗して痛い思いをすると、失敗に使われた関連回路に電気信号が流れにくくなる。それを重ねることで電気信号が無駄に流れない場所が決まり、直感で使う場所が作られていく。勘やセンスはそうやって浮き立つように作られる。だから脳神経回路の仕組みは失敗によって完成するといっていい。  ―失敗の意義や価値は年齢によって変わりますか。  いくつになっても失敗をして痛い思いをすること自体は無駄にはならない。ただ、28歳くらいまでの脳は入力装置。そこから56歳くらいまでは脳の回路の優先順位がつくられる。特に、35歳くらいまでの失敗はセンスを研ぎ澄ましていく上で重要。そこでしっかり失敗しないとその後の勘は鈍くなる。だから35歳くらいまでは逃げずに失敗した方がいい。  ―失敗の価値を最大化する上で大事なことは。  三つある。『失敗を他人のせいにしない』『過去の失敗にくよくよしない』『未来の失敗を怖がらない』だ。他人のせいにすると脳は自分の失敗と思わず学習機会にはならない。他人の失敗さえも自分が阻止できなかったことを悔やみ、自分の失敗と思った方がいいくらいだ。また、くよくよすると失敗したときの関連回路がもう一度通電し、消したはずの失敗の関連回路がよみがえる。当然、未来を心配しすぎては成功にたどり着くはずがない。一方、失敗した瞬間は傷つき、胸を痛めることが大事。心は脳神経系にあり、ショックを受けるほど学習効果はおそらく高い。  ―若い世代は失敗を怖がる傾向が強いと言われます。  それは社会の責任が大きいと思う。この国ほど失敗を怖がらせる国はないのではないか。一度失敗すると汚れた人のように扱われる。失敗は学びの機会を得たとポジティブに捉える考え方が必要だ。もちろん犯罪など許されないものもあるが、特に若い人の仕事の失敗なんてなんでもないはずだ。  ◇失敗を怖がる若手社員:日本能率協会(JMA、東京都港区)の調査によると2019年度の新入社員が仕事をしていく上で不安なことは「仕事での失敗やミス」が43.0%で「職場での人間関係」と同率トップだった。「仕事に対する自分の能力やスキル」(29.9%)や「やりたい仕事ができるかどうか」(12.5%)「残業時間の量」(10.4%)などを抑えた。  ―若い社員が失敗したとき、上司にはどのような対応が求められるでしょうか。  失敗を(部下が学びの機会を得たと)ポジティブに捉えて『とりあえず自分が顧客に謝ってくる』と言ってあげられる上司だとすてきだと思う。一方、失敗は組織としてもポジティブな面はある。例えば答えがAだったのにBという答えを導き出して失敗しても、そのBがいつか使える局面が出てくる可能性がある。そう考えると、Bという答えを導き出す人がいた多様性のあるチームの方が強いかもしれない。  ―部下が男性か女性かで失敗した時のアドバイス方法に違いはありますか。  叱るべきタイミングが違う。男性は「ゴール思考」のため、成功という結果が出たときには脳の免疫力が高く、過程にあった細かい失敗を指摘しても受け入れられる。ただ、失敗という結果が出たときには免疫力が下がっているので叱ると落ち込んでしまう。一方、女性は「プロセス思考」。結果が悪かったときはその結果に対するプロセスを分析しているので、過程にあった失敗の指摘は大歓迎。ただ、結果が成功だったときには成功の途中の駄目だしをするとストレスになるのでやめた方がよい。  ―若い社員にとって挑戦する場は重要だと思いますが、いわゆる「むちゃぶり」の仕事はどう考えるべきでしょうか。  厳しい仕事は若い人の進化のためには必要なことだとは思う。これはあくまで私自身の経験の話だが、1991年に電力中央研究所からの仕事でエンジニアとして「日本語対話型女性AI」を作った。それは本当に不可能だと思う仕事で、いわゆるむちゃぶりだったが、自分のステージがきたと思って挑んだ。実際にとても辛い仕事だったが、なんとか全国の原子力発電所での稼働にこぎ着けた。稼働1ヶ月後にアンケートを取ったら、その1枚に『彼女は美人さんだね』と書いてあった。当時は音声合成や音声認識の技術がまだまだで、今のLINEのように文字のやりとりだけだが、たおやかな女性の話し方を再現しようと設計し、それが認められた。私にとって金字塔になる仕事だったし、男女のコミュニケーションのスタイルの違いや五感の研究など、今の私の仕事を支えているあらゆるものがその仕事を起点に生み出された。むちゃぶりがなかったらそれらは得られなかったと思っている。一方で、むちゃぶりには邪悪さが含まれるケースがあるのは事実。そこは上司が部下にとってチャンスか否かフィルターの役割を果たしてあげないといけない。  ―AIの進化によって一部の仕事が代替されようとしています。  AIが若い人の失敗の機会を奪う可能性を懸念している。AIは定型業務を緻密にこなし、多少の新しい事象には整合性のある答えを出す。その結果、定型業務などを繰り返して失敗を積み重ねるべき35歳ころまでの脳の学習機会をAIが奪ってしまうかもしれない。企業の経営者は失敗の機会を奪わないためにも、あえて導入しないという英断が必要になるかもしれない。  ―AIとはどのような付き合い方が望ましいと考えますか。  AIに何をさせるべきかではなく、何をさせないべきかについて考えた方がよいと思う。人がネガティブだと思っていることをAIの導入によって本当にポジティブに変えていいのか。例えば失敗はネガティブだと思われるけれど、それを繰り返すことは人の脳の進化に必要ということをどう考えるか。また、AIが人の命を守るような用途で使われることは歓迎したいが、人生そのものにAIが踏み込むのは無粋だと思う。  ―無粋とはどういうことですか。  以前、大手IT企業のシンポジウムのパネルディスカッションにパネリストとして参加した。その際に「AIと暮らす近未来」を描いた映像が流れた。70代くらいの父親が40代と思しき娘にサプライズで花束を贈ろうとする。そこでAIが出てきて、娘がサプライズを喜ぶ確率は75%以上だが、花束を好まない確率は90%とはじき出した。どうやら娘は花束にトラウマを抱えているらしい。それを知った父親は花束を贈るのをやめるのだが、私はその確率を導き出すAIに腹が立った。女性は999人の男性に花束をもらって心を動かさなくても、たった一人の男性のそれを一生忘れられないほど喜ぶような生き物だ。もしかするとその女性のトラウマも小さい頃に父親がピアノの発表会に花束を持ってきてくれなかったからかもしれない。だとしたらAIは父親の人生の奇跡を逃したことになる。AIによって危険を回避していたら人生の奇跡には出会えない。だからAIには人生に踏み込ませるべきではないと思う。 【略歴】1983年(昭58)奈良女子大理卒。富士通ソーシアルサイエンスラボラトリで14年にわたりAIの研究に従事した後、コンサルタント会社勤務などを経て03年感性リサーチを設立。主な著書に『妻のトリセツ』『共感障害 ~“話が通じない”の正体』『女の機嫌の直し方』『英雄の書』など。

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