地球800周の「グレートキャプテン」が考える事故防止策の“究極”

【なぜ?なに?失敗】#2 元JAL機長 小林宏之氏インタビュー

 仕事で指示の聞き間違いによるミス、家を出る時の忘れ物…誰しも経験があるだろう。しかしこれらの失敗が大惨事を招きかねない職業がある。例えば航空機のパイロット。多くの乗客の命を預かり、安全に定時を守りながら何時間もフライトする。少しの気のゆるみ、勘違い、忘れ物さえも重大なトラブルにつながりかねない。  そんな厳しい世界で、日本航空(JAL)に入社し引退するまで42年間一度も病欠や自己都合でのスケジュール変更をせず、JALが運航したすべての国際路線に乗務した「グレートキャプテン」が小林宏之氏だ。現役時代からリスクマネジメントの重要性を実感し、現在も危機管理に関する活動を精力的に行っている。長年のパイロット経験から得た失敗を防ぐ方法や、組織のリスクマネジメントを聞いた。(取材・昆梓紗) ―失敗を防ぐためには「基本の徹底が大切」だと強調されています。  世の中で起こっている失敗を見ていると、難しいことができなくてトラブルに陥ることはほとんどなく、誰でも知っている基本を怠ったことが原因になっています。効率が悪いと思うかもしれないが「愚直なまでに」基本確認を徹底することが必要です。 ―基本が大事だとは頭ではわかっていても、実践するのは難しいものです。  実践するための5つのポイントがあります。 ①怖さを伝える  『徒然草』に「高名の木登り」という段があります。木登り名人が人を木に登らせて作業させている時、上の方では何も言わず、降りてきて地面に近づいた段階で「危ないぞ」と声を掛けたという話。上にいる時には怖いので自然と安全に気を付けるものです。「怖さ」を知るのは失敗を予防することにつながります。 ②「なぜ」を考える  これから機長になる人に向けた研修では、マニュアルを月1回読むように言っています。毎回読むことで「なぜマニュアルにこう書いてあるのか」に気づくことができるのです。自分でも現役時代に実践しており、読むたび毎回違った気づきがありました。 ③上司・先輩が基本確認をきっちりする  子どものころには親や先生、職場に入ってからは上司の姿を見て学びます。上の人間が徹底していなければ浸透しません。 ④基本確認を徹底した場合に評価する  これが一番難しい。特別な行動は目につきやすいが、基本的なことをしっかりやっているかどうかは周りが意識しなければ気づかないことが多いものです。会社の評価制度も関わってきます。 ⑤確実にやる  「早くやる」と指示しがちですが、焦りがミスにつながりやすい。「確実にやる」ように徹底すること。また重要な場面では判断の前に数秒間をとることで、落ち着いて行動できます。  これらすべてができればもちろんよいですが、1つでも実践できれば相当数のミスが防げるのではないでしょうか。 ―パイロットのような責任の大きな職業では、重圧も相当なもののように思います。重圧が失敗の原因になることもあるのでしょうか。   適性や訓練もあると思いますが、私自身、重圧を感じることはあまりなかったです。特にトラブルが発生した際、人から嫌われる決断をした方が後によい結果をもたらすことがあります。重圧に負けるというのは「周りから嫌われたくない」という気持ちの表れ。人に評価されよう、非難を受けないようにしよう、とすると重圧を感じるようになってしまうものです。嫌われる決断をするとき、「歴史が評価する」「歴史が評価してくれなくても天がみている」と思っていました。決断のためにプライオリティの選定を適切に行うことも必要です。 ―「人の目を気にしすぎる」というのが失敗の根源になる場合もありますね。  自分の軸がしっかりしていないと、人からの評価を気にしすぎてしまいます。自分で立てた目標を達成するような、「自分との約束」を守るのが一番難しい。強い目的意識を持つことの大切さ、目標に向かう心の持ち方は飛行機から教わりました。飛行機は性能、推力、機体の姿勢が揃ってはじめて目的地を目指せます。人間も同じで、本人の能力、推し進める力(やる気)、心と取り組みの姿勢が大事。そして明確な目的地があれば多少風で煽られ遠回りしても到達できるものです。能力の差はそこまでなく、その使い方を向上させるために量をこなし、質を上げることが必要です。 ―非常時にプライオリティの選定を適切に行うためには事前の準備が重要です。  フライト前には必ずブリーフィングを行います。フライトの目標は安全が第一だが、それに準ずる定時性、快適性、効率はその時によって優先順位が変わってきます。例えば羽田―大阪(伊丹)空港間のフライトでは、新幹線を選ばず飛行機を選び「少しでも早く行きたい」という乗客が多いので定時性を優先させます。一方、羽田―那覇空港間では修学旅行の乗客が多く、揺れないルートを選ぶ、といった選定をしています。 いろいろな状況を加味して、その時に応じて瞬時に選択を行っていくためにはイメージが大切。フライト前に情報をもとに必ずイメージトレーニングをし、いくつか選択肢を持っておきます。そしてフライト中の状況を判断し選択肢の切り替えを行っています。フライトだけでなく普通の仕事でも、計画を立てる段階で2~3個の選択肢を持っておくと状況に応じた切り替えができます。 ―仕事の後の振り返りや反省も失敗の防止につながります。  フライト後には必ず「デブリーフィング」を行います。フライト中には細かい失敗がたくさんあるもの。同じ失敗を何回もするのはよくないですが、細かい失敗をたくさんしておくと大きな失敗にも柔軟に対応できるということもあります。逆に「一度も失敗したことがない」という人の方が怖いですね。 ―細かい失敗で終わらせるための工夫は。  失敗の1つに勘違い・思い込みがあります。これは1つだけの情報で判断することで起きてしまうので、必ず2つ以上の情報から判断する習慣をつけること。ダブルチェックも役立ちます。また、重要なことは必ずメモに残すようにすること。  国際宇宙ステーションでは「Trust, but Verify」を徹底しているといいます。お互いを信頼する一方で、行動については確認しあうという心がけです。  またチェックリストは最後の砦。一人でやる仕事の時は特に重要になってきます。 ―チェックリストは基本中の基本ですが、形骸化しやすいですね。  私たちパイロットもチェックしながらも内容が頭に入ってこなかったり、急用が入ってチェックリスト自体を忘れてしまったりすることがあります。そういう時は邪魔になるかもしれないが目のつくところに貼ったり、運航に必要な手袋をチェックリストの前に置いたりと泥臭い工夫を重ねています。  何より、確実にやるためにはスマートさを追わず、とにかく泥臭く実行していくこと。 飛行機の操縦もコンピュータ化が進んでいますが、主体はあくまでも人間だということを忘れてはいけません。コンピュータ化やAI化が進めば進むほど、地味な作業ではあるが確認の重要性が増してきます。 ―失敗を隠さず認める組織文化も重要です。  企業内の安全文化が脆弱だと大きな失敗、さらに不正や隠ぺいにつながります。まず失敗を報告しやすい文化を醸成すること。それには「非懲罰制度」が有効だ。重大な過失や意図的に行ったことは例外ですが、ヒューマンエラーに関しては報告者を罰さないことで、失敗の報告を促します。  また失敗を上司ではなく秘匿性を守る安全委員会など横断組織に報告するようにすること。その報告がどう役立ったかのフィードバックも行うことでより失敗が表面化しやすい環境ができていきます。 ―どんなに失敗に気を付けていても、体調や精神状態などのコンディションが悪いとリスクが高まってしまいます。  まず自分のコンディションを意識することと、コンディションが悪いと感じた時は「今日は風邪気味で…」などと勇気を出して周りに伝えるようにしていました。そういったことを口に出しやすい雰囲気をつくることも大事です。  現役時代、失敗したらその時はさっと忘れ後で反省するようにしていました。飛行機は1分間で15キロメートル以上進んでしまうので、失敗を引きずっていると次の失敗につながってしまう。また集中力を高めるためにも切り替えは大切です。特に時差との闘いの中で睡眠コントロールは重要なので、布団に入ったら絶対に仕事のことを考えないことを徹底していました。  こういった意識づけはすぐにできるようになるものではありません。筋トレと同じで、毎日行うことで習慣になっていくでしょう。 【略歴】 1968年5月日本航空株式会社入社。総飛行時間は18500時間(地球800周に相当)。入社以来42年間一度も病欠なし。その他首相特別便機長(竹下首相、海部首相、小泉首相)、宇宙開発事業団(現宇宙航空開発機構)危機管理講師、日本人宇宙飛行士安全検討チームを務め、退職後は原子力発電所運転責任者講習講師、危機管理講師等の航空以外で分野でも活躍。 【02】元JAL機長 小林宏之氏(8月20日配信) 【03】元芝浦工業大学大学院教授 安岡孝司氏(8月21日配信) 【04】離婚式プランナー 寺井広樹氏(8月22日配信) 【05】恋バナ収集ユニット「桃山商事」代表 清田隆之氏(8月23日配信) 【06】感性リサーチ社長 黒川伊保子氏(8月24日配信)

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