「税金の無駄」と言われたダムを一変させたマニアの一言と逆転力

連載・インフラを生かす(6)

天皇陛下御在位30年記念事業になったダムカード(提供:国土交通省利根川上流河川事務所)

 全国169カ所のダム管理事務所はいつもと異なる賑わいを見せていた。2―5月のことだ。来訪者の目当ては「天皇陛下御在位30年記念事業」の一環として期間限定で無料配布した「ダムカード」。ダムの愛好家だけでなく一般の認知度も高いアイテムの期間限定品とあって求める人であふれた。各地のダム管理事務所からは「いつもの2―3倍の人が連日来訪した」や「想定以上の早さで配布が終了してしまった」という声が聞かれ、配布枚数は3ヶ月で約67万枚に上った。  この反響に特別な感慨を抱く人たちがいた。ダムカードの生みの親たちだ。ダムを愛するライターのふとした一言がダム行政を司る国土交通省の職員の耳に入り、ダムカードは半年足らずの製作期間を経て2007年7月に誕生した。ダムが税金の無駄使いの象徴のように扱われていた当時、急ピッチで作業した当事者たちはその後の12年間で680種類以上生まれ、ダムに好意的な関心を持つ人を増やし、「天皇陛下御在位30年記念事業」にまでなるダムカードの成長を想像だにしていなかった。(文=葭本隆太)  「ダムに行かないともらえないカードがあったらいいな」。ダムライターの萩原雅紀さんが発言した。06年8月15日、東京・新宿で開いたDVD「ザ・ダム」発売記念トークイベント「ダム祭」の席だ。なんとなく出た言葉だが、常々思っていたことでもあった。  「ダムを訪問した際の記念品があればよいと思っていましたが、当時は唯一手に入るアイテムがパンフレットでした。それも大きさはまちまちでデザインはバラバラ。収集してもかさばらない仕様が統一されたものが欲しいと思っていました。管理事務所の職員が配布する形であれば、ダムの疑問点などについて職員に聞くきっかけができる期待もありました」(萩原さん)。  萩原さんは99年頃にドライブ中に宮ヶ瀬ダム(神奈川県相模原市)の建設現場に出くわし関心を抱いた。その後通い続けて完成したダムにたどりつき、下から見上げたときの圧倒的な存在感に魅了された。その魅力を広く伝えようと00年にホームページ(HP)「ダムサイト」を開設し、ダム情報を発信していた。イベントで発した意見の背景にはHPの情報更新などを目的に全国のダムを巡っていた自身の経験があった。  萩原さんの意見は、国交省河川環境課流水管理室の三橋さゆり建設専門官(当時、現・国交省関東地方整備局利根川上流河川事務所事務所長)に伝わり、ダムカードの製作は動き出す。その際に萩原さんの発言を三橋さんに伝達したのが、イベントの客席にいた水資源機構下久保ダム管理所の金山明広管理第一係長(当時、現・岩屋ダム管理所所長代理)だ。  金山さんはダムを使った地域おこしの方法などを考える担当者として「ダムサイト」運営者の萩原さんに連絡し、以前から情報交換していた。萩原さんからイベントの案内を受け、足を運んだ席での発言に「(ダムの魅力を広く伝えるには)これしかない」と思ったという。そこで2ヶ月後の10月にダム水源地の環境整備に関わる調査研究などを行う水源地環境センター(WEC)が開いたダムによる観光振興をテーマにした勉強会で萩原さんの意見を報告した。その勉強会に出席していたのが国交省の三橋さんだった。  三橋さんは05年に流水管理室の建設専門官に就任し、「無駄な公共事業」という声が強い逆風の中でダムの役割を一般に知ってもらう方法を考えていた。出版社にダムをテーマにしたパートワーク(分冊百科)の出版を働きかけ、あえなく撃沈したこともあった。このため、WECの勉強会で萩原さんの意見を聞いたときには面白い案だと受け止め、すぐ行動に移した。  07年2月に萩原さんらダムマニアや金山さんと会合し、カードの構想を決定。5月には全国のダム担当者が集まる国交省の会議でカードの作成を正式に決め、7月の配布にこぎ着けた。国交省は以前から毎年7月21-31日を「森と湖に親しむ旬間」として多様なイベントを実施しており、そこがお披露目の場になった。111種類のダムカードをそれぞれの管理事務所で配布した。  ダムカードの作成や配布には様々な工夫を凝らした。ダムマニアの意見を反映し、写真はカード全面のサイズを取り入れ、角の丸みは統一した。ゲートなど設備の情報も盛り込んだ。また、あえて記者発表はしなかった。三橋さんは「ダムに行った人がたまたま面白いものを見つけたといった体験が積み重なって口コミで広がることを期待しました」と振り返る。  三橋さんの期待通りダムカードは配布後にマニアを中心に徐々に広がり、数ヶ月後にはネットオークションに登場した。その場に行かないともらえないハードルはあるが、無料で配布されるカードに値が付いたことで三橋さんはさらなる広がりを確信した。10年代に入ってからは全国紙などでも取り上げられるようになり、今では高齢者の中にも集める人がいるアイテムになっている。「マニアの世界で話題になり、グラーデーションのように一般の世界に広がっていきました」(三橋さん)  「天皇陛下御在位30年記念事業」の一環として期間限定のカードを発行するという一報に生みの親たちは当然のごとく一様に驚いた。その上で三橋さんは「隔世の感がありました。ダムは無駄と言われ、(その役割を伝えるにも)八方塞がりのときにダムカードを作りました。あれから12年が経って世の中に認められるようなしっかりとしたものになったということはうれしいですね」と笑う。  ダムカードによって大きな気づきも得たという。「昔は世の中全体がダムに批判的だと思っていましたが、実はそうではなかった。一部では大きな批判がありましたが、世の中全体が偏っていたわけではなく、多くの人はニュートラルだった。そこに面白い情報やアイテムで働きかけると、好きになってくれる人たちがたくさんいる。ダムカードを通じてそうしたことを知りました」(三橋さん)  三橋さんは現在、ダムカードの生みの親として公共事業の意義や役割などを伝えるアウトリーチ業務を精力的にこなしている。「ダムカードと同じように面白がってもらえるような話をすることが大事。そうやって公共事業に対する理解を促すことを心がけています」と説明する。  一方、金山さんもダムの役割を一般の人により理解してもらう方法の模索を続けている。「ダムは知れば知るほど知識欲がわいてくる構造物。(ダム関連の)各種イベントに知識欲をくすぐる内容を盛り込んでいきたいです」と力を込める。  萩原さんは3月から動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」でダムを紹介する動画()を配信している。「虫や電車のように図鑑があり、よく知っている子供がいるくらいにダムをもっともっと一般化したいです。小中学生はみなユーチューブを見ているので、ユーチューブに(表現の)軸足を移しつつあります。子供向けの動画の演出方法などを考えていきたいです」と意気込む。    ダムカードを生み出し、広く知らしめた彼らの熱は今も冷めない。

続きを読む

関連する記事はこちら

特集