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睡眠研究の権威が語る、最高の眠り方と睡眠ビジネスの懸念

連載・睡眠の値段(7)
 現代人は多くが睡眠不足に悩まされている。特に日本人の睡眠時間は先進国で最短水準だ。睡眠不足を抱えるビジネスパーソンが仕事の生産性を維持するには「睡眠の質」が重要とされる。ではその「睡眠の質」はどう確保すればよいだろう。一方、質の良い睡眠に対する需要の高まりを受け、睡眠ビジネスが注目を集めている。中でもセンサーなどの技術を活用して良質な睡眠を促す「スリープテック」市場が活気づいている。ただ、果たしてそれらは本当に効果が期待できるのだろうか。

 睡眠に関する疑問はつきない。そこで、睡眠にまつわるあれこれについて「スタンフォード式最高の睡眠」の著者で睡眠研究の権威、米スタンフォード大学医学部の西野精治教授に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

「早く起きるために早く寝る」は意味がない


 ―睡眠時間がなかなか取れない現代のビジネスパーソンが良い睡眠を行うためのポイントを教えてください。
 眠り始めの深いノンレム睡眠の質を確保することだ。最初の深いノンレム睡眠は個人差はあるが、おおむね90分(幅は80―120分程度)。ここでより深く眠ることができれば自律神経やホルモンのバランスが良くなり、翌日のパフォーマンスが上がる。例えば、細胞の修復や新陳代謝に関わる成長ホルモンが多く分泌されるのはこの時だ。ただ、慢性の睡眠不足が顕著であれば、睡眠の質を高めるだけで(睡眠不足が借金のように積み重なってあらゆる不調を引き起こす)「睡眠負債」を完全に返済することは難しい。日本人は世界一睡眠時間が短く、それも年々減少している。寝られるならしっかり長く寝るべきだ。

 ―どうすれば最初の90分の質を上げられますか。
 昼間は高くて夜は低い「体温のリズム」を整えることが大事。体の内部の温度(深部体温)は体の表面の温度より高い。夜に手足から熱が逃げて深部体温が低くなると、体の表面の温度との差が小さくなる。そのときに入眠しやすく、深い睡眠が出ると実験でも証明されている。このリズムは規則正しい生活をすることで整うものだが、その調整には入浴が利用できる。

 ―具体的には。
 例えば40度のお風呂に15分入ると深部体温が0.5℃くらい上がる。その上昇は90分ほどで元に戻り、お風呂に入る前よりも下がっていく。表面温度との差が小さくなり、眠りやすくなる。このときは室温や湿度を快適に保つことも大事になる。空調の風に直接当たるのは当然よくないが、空調を使わずに不快な室内環境で寝ることも避けた方がよい。

                    

 ―仕事のパフォーマンスには目覚めの良さも影響すると聞きます。朝なかなか起きられない人がよい目覚めを得る方法はありますか。
 お薦めするのはアラームを二つの時間でセットする方法。朝8時に起きたい人は例えばその20分前に目覚ましを小さい音で鳴らす。それで起きれば、眠りが浅く起きやすいタイミングだったということ。起きない場合は深い眠りに入っているので、無理に起きなくてよく、8時に改めて大きい音で鳴らして起きれば良い。睡眠は深いノンレム睡眠と浅いレム睡眠を繰り返しており、明け方は眠りが浅くて起きやすい時間が増えている。20分間隔を開ければ、そのどちらかが起きやすいタイミングになっている可能性が高い。逆に最初に目覚ましを鳴らしてから短い間隔で何度も鳴らす「スヌーズ」は良くない。また、早く起きないといけないときの目覚め方では間違った認識をしている人は多い。

 ―どんな間違いですか。
 いつも夜10時に寝ている人が、翌朝はいつもより早く起きるために早く寝ようとすることだ。実はそういう人は夜8―10時に最も眠りにくい状態になっているため、意味がない。不思議な現象なのだが、眠気が溜まった夕刻時には、それに対抗して覚醒する機序も最大になっていると考えられる。通常の入眠時には、睡眠圧が覚醒機序に打ち勝つ。このため、夜は同じ時間に寝ることを推奨する。朝はとにかく頑張って早く起きるしかない。

昼寝は病気のリスクも低減するが…


 ―仕事のパフォーマンスを上げることを目的に、仮眠室を設けて昼寝を推奨する企業が出てきました。
 昼寝は慢性の睡眠不足に陥っており、パフォーマンスが上がらない人に効果がある。産業事故の防止につながる可能性があるし、病気のリスクも低減できる。日本のある研究機関が昼寝の習慣と認知症の発症の関係を調べた実験では、昼寝をしない人に対し、昼寝を30分未満で取る人の発症率が約6分の1に減った。30分以上1時間未満の昼寝をする人の発症率は約2分の1だった。逆に1時間以上昼寝をする人は2倍に増えた。そのほかの実験も含めて30分未満の昼寝で良い結果が出ている。ただ、それは睡眠負債をなくす根本解決にはならない。夜の睡眠が十分にとれていれば、昼寝そのものはさほどメリットはない。

 ―仮眠を取るべき時間帯はありますか。
 眠たくなった時に寝ることだ。例えば、帰りの電車でも座って眠たくなったらそれは寝た方がよい。眠い時は睡眠圧が高くなっているので深い睡眠が出現する。大人は寝られる時には寝た方がいい。

 ―昼の仮眠前にはコーヒーを飲むと起きる頃にカフェインが効いてすっきりと目覚められるという話を聞きます。
 カフェインは脳内の睡眠を調節する物質の候補である「アデノシン」の働きを抑制する。(仮眠前に飲むと)一部の人には効果があるのかもしれないが、皆が皆うまくいく保証はないと思う。私はその効果に懐疑的だ。コーヒー1杯(100ミリグラム)程度では昼寝を中断させるほどの強い効果は出ないのではないか。

 ―一方、夕方以降のカフェインは控えた方がよいのでしょうか。
 カフェインは体の中で分解されて排出されるまで4時間かかると言われているため、夕方に飲むと睡眠の質を下げる可能性はある。ただ、もし夕飯後にいつもコーヒーを飲んでいるならさほど気にする必要はない。一方で4―5杯(400―500ミリグラム)程度を一度に飲んだり、1日に20杯など大量に飲んだりするとカフェイン中毒となり、時には命にかかわることもある。

               

 ―お酒との付き合い方はどうですか。
 ビール1本や日本酒1合程度の少量であれば寝つきがよくなる人は多いし、悪い効果は顕著でない。寝つきをよくするためによく使われる睡眠薬の作用機序はお酒とよく似ているので、睡眠薬を処方しておいてお酒は絶対ダメでは理屈が通らない。ただ、大量に飲めば睡眠の質は下がるし、お酒も睡眠薬も飲まないと眠れない状態になって量が増えてくると問題。同時に服用するのも危険だ。

時差ぼけは「解消しない」も一考


 ―海外に出張した際に時差ぼけをうまく解消する方法はありますか。
 滞在日数や滞在先によって変わるが、時差は1日1時間しかアジャストできないので時差ぼけを解消せずに日本でのリズムで生活する方法もある。例えば、日本から米サンフランシスコに行くと時差はプラス17時間(冬時間)。時差調整は合わせやすい方にずれるので、調整が必要なのはマイナス7時間になる。この時差ぼけ解消には約7日かかるが、マイナス方向への調整はより体に負担がかかる。仮に旅程が7日だとちょうど時差を合わせた頃に日本に帰国することになる。それなら無理に合わせず滞在先での大事な仕事のタイミングだけとにかく頑張った方が良いかもしれない。

 ―働き方の一つとしてシフト勤務があります。定時で働く人に比べて規則正しい生活が難しいと思いますが、疲れを取ることができるよい睡眠方法はありますか。
 すごく難しい問題だ。個人差はあるが、シフト勤務が体に悪いのは間違いない。工場などで見られる12時間2交代制は特に問題だと思う。シフトすると12時間の時差ぼけが状態が発生するため、調整に2週間近く必要になる。その間は「脱同調」といってパフォーマンスは悪く健康被害も出やすい。さらにシフトを繰り返すと脱同調が年がら年中起こっている状態になる。これは睡眠の取り方で解決できる問題ではなく、生活のリズムがなるべくずれないか、もしくは脱同調の期間が短いシフトを設計するしかない。

<次ページ:スリープテック「エビデンスが伴わないものが多い」>

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
西野先生には本記事で紹介している内容以外にも、いろいろと興味深い話を伺いました。その一つが海外の航空会社がビジネスクラスやファーストクラスにかける椅子の値段の話です(西野教授はその椅子について相談を受けたそうです)。ビジネスクラスの椅子は800万円、ファーストクラスの椅子は1500万円だったといいます。欧米のエグゼクティブはいかにフライト中によい睡眠、休息を取れるかを求めており、それに応じて航空会社のサービスの考え方も変わってきているとおっしゃっていました。今回は取材しながら、「いい睡眠にはいい値段が付くようになったのだなぁ」と思う場面が多く、タイトルを「睡眠の値段」としました。約1週間ありがとうございました。

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睡眠の値段
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睡眠不足が借金のように積み重なり不調を引き起こす「睡眠負債」という言葉が2017年に流行語になって以来、睡眠ビジネスがブームの様相を呈しています。睡眠ビジネスに挑む人たちやその舞台裏、懸念などについて取材しました。

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