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珈琲で眠りの質と街の価値を高める「睡眠カフェ」開設の舞台裏

連載・睡眠の値段(5)
珈琲で眠りの質と街の価値を高める「睡眠カフェ」開設の舞台裏

東京・大井町に開設した「睡眠カフェ」

 20代のビジネスマンが仮眠を終え、すっきりした表情で午後の仕事に向かった。ネスレ日本が東京・大井町で運営する「睡眠カフェ」だ。利用者はベッドやリクライニングシートを備えた仮眠スペースでコーヒーを飲んでから入眠する。15―20分程度の仮眠後にカフェインが効き始め、すっきり目覚められるというコンセプトだ。平日は近隣の仕事場で働く人らが利用する。3月の営業開始から3ヶ月で週2―3回来店する常連客も出てきた。

 ただ、ネスレ日本の狙いは睡眠カフェの売り上げではない。「良質な仮眠を促す」などのコーヒーの効果について体感できることをカフェでアピールし、飲用場面を広げて本業の飲料事業の拡大につなげることにある。このためカフェではカフェイン「あり」と「なし」のコーヒーの飲み分けによる夜の睡眠を良質にする効果を擬似体験できるコースも用意した。

 一方、睡眠カフェはもう一つの大きな役割を担う。大井町の活性化をけん引する「観光資源」だ。大井町には地元商店街などが「健康」をテーマに街の活性化に挑戦したが、持続しなかった過去がある。日本人の多くが睡眠不足を抱えると言われ「良質な睡眠」に関心が高まる中、大井町のまちづくりを推進するNPOまちづくり大井(東京都品川区、神戸三元理事長)が「睡眠カフェ」という集客装置を得て「健康まちづくり」の再挑戦に踏み出した。(文=葭本隆太)

 睡眠カフェの概要:利用者は20―30代のビジネスパーソンが中心で男女比は概ね半々。利用料は仮眠コースがカフェイン入りコーヒー付きで30分750円(消費税抜き)。具体的な利用者数は非公表だが、ネスレ日本メディアリレーションズ室の村田敦アシスタントマネジャーは「カフェ営業を自走できる以上の利用者は確保している」と話す。

潜在意識を呼び起こした


 「健康をテーマにしたまちづくりに改めて挑戦できるのではないか」―。NPOまちづくり大井の加藤雅之事務局長の脳裏にその考えがよぎった。2017年秋、ネスレ日本から睡眠カフェの話を聞いた時だ。睡眠カフェのコンセプトを知り、まちづくり大井に潜在的に眠っていたテーマが呼び起こされた。

 大井町のある品川区では都市型観光を推進しており、大井町でも取り組みが求められていた。睡眠カフェは物珍しさもあり観光資源になると考え、大井町に常設する方針はすぐに決まった。

 両者の縁は日本ネスレが東京・銀座の商業ビルで17年に期間限定で睡眠カフェを開設したことで生まれた。そのビルの所有がまちづくり大井の神戸三元理事長が代表を務める不動産会社だったからだ。ネスレ日本は期間限定の睡眠カフェが好評を得たため、常設の意向を持っていた。不動産会社の関係者を通じてそれを知ったまちづくり大井が誘致に関心を示した格好だ。

東京・大井町の「睡眠カフェ」入り口

きっかけはJRりんかい線


 大井町が「健康」をテーマにまちづくりに挑んだ歴史は2000年代前半まで遡る。02年にJRりんかい線が全線開通し、地域間の集客競争が激しくなることから商店街の活性化が必要になった。その時に「健康」をテーマにした活性化を地元の大井町銀座商店街に進言したのが、加藤事務局長だった。当時は大井町でカルチャーセンターを運営する企業に勤めており、街の中に生涯学習の場を作って活性化したいと考えていた。加藤事務局長は「『健康』は商店だけでなく住民も参加しやすいテーマだと思った。当時は野菜ソムリエがブーム。『健康』が注目のキーワードだった」と振り返る。

 当時のまちづくりでは「健康フェスタ」などのイベントを開催したほか、05年には空き家対策を含め常設の情報発信拠点「みんなの食育ステーション」を設けた。この取り組みには全国の行政関係者らが視察に訪れるなど一定の賑わいを見せたが、その効果は長く続かなかった。ただ、一定の反響を得たことで「健康というキーワードは大井町に根付いた」(加藤事務局長)。商店街だけでなく街全体を活性化しようと08年に立ち上げたNPOまちづくり大井の潜在意識に刷り込まれた。

地元企業を元気にする


 健康まちづくりの再挑戦の目玉として運営する睡眠カフェの滑り出しは上々だ。ネスレ日本の村田アシスタントマネジャーは「近隣で働くビジネスパーソンなどに支持されている。週末は『どんなカフェなのか』と興味を持って遠方から来る人もいる」と説明する。ただ、その反響をただ傍観していては一過性で終わってしまう。賑わいを継続するには矢継ぎ早に施策を打つ必要がある。そこで5月には睡眠カフェのサテライト店を大井町駅そばのシェアオフィスに設置し、今後はもう2―3軒の開設を模索していく。

 さらに、まちづくり大井の加藤事務局長は「将来は地元企業が共同利用できる仮眠室を街に設けたい。それによって地元企業の働き方改革が推進され、雇用の改善につながれば」と期待する。また、今秋にはコーヒーのイベントの開催も予定し、地域外からの集客も加速していく。

 一方、まちづくり大井にとって「睡眠」というキーワードは健康まちづくりの要素の一つに過ぎない。今後は「食」や「運動」をテーマにした活動を展開する考えだ。加藤事務局長は「大井町に来れば健康になるというイメージを構築したい」と力を込める。再挑戦に掛ける思いは強い。

NPOまちづくり大井の加藤雅之事務局長


連載・睡眠の値段


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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
睡眠カフェでの仮眠を体験しました。コーヒーやアロマの香りによりリラックスでき、平日の17時30分頃でしたが、15分ほど眠ってしまいました。取材に伺った際にはビジネスマンが3人ほど利用していました。周辺で働く人にとっては憩いの場所の定番になっていくかもしれません。一方で、観光資源としてどう遠方から集客するか、今は物珍しさで来ていても、それを持続させるのは一筋縄ではいかないように思います。都市型観光のツールとしてどう生かしていくか注目です。

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睡眠不足が借金のように積み重なり不調を引き起こす「睡眠負債」という言葉が2017年に流行語になって以来、睡眠ビジネスがブームの様相を呈しています。睡眠ビジネスに挑む人たちやその舞台裏、懸念などについて取材しました。

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