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やる気引き出せ…新入社員研修にあの手この手

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やる気引き出せ…新入社員研修にあの手この手

G型自動織機の3分の1モデルを使った豊田織機の新入社員実習(昨年4月)

 新入社員研修は、企業の人材育成施策の第1章に記される重要な項目だ。次代を支える人材にいち早く自社を理解してもらおうと、研修に工夫を凝らす企業は多い。入社直後の新人に対し、おざなりの研修だけでは配属先に飛び立つことへの不安を増幅させてしまう。それが離職につながることもある。ミスマッチを防ぐには、何のための研修なのか、目的を明確に伝えることが重要だ。

高い3年内離職率


 少子高齢化や労働人口の減少に伴う人手不足など企業は人材問題で多くの課題にさらされている。国内の就職事情では売り手市場が続き、人材獲得競争も激しくなっている。企業が成長を続けるためには優秀な人材の獲得とその育成が欠かせない取り組みであり、中長期にわたり研修を充実するなど経営資源をしっかりと振り分ける必要がある。

 厚生労働省と文部科学省の調査によると2019年3月の大学卒業者の就職率は97・6%だった。18年3月に比べ0・4ポイント低下となったが、97年の調査開始以降、18年3月が過去最高だった。今年はそれに次ぐ高さで、今後も就職率は高水準で推移するとみられる。一方、離職率も高い。厚労省がまとめた調査では、大学卒の就職後3年内の離職率はほぼ毎年30%以上となっている。95年以降で30%を下回ったのは09年のみ。短大卒や高校卒は直近のデータでは40%前後、中学卒は60%以上という状況が続く。

            

創業者の理念伝える


 伊藤忠商事と豊田自動織機は研修を通じ、創業者の思いを新入社員に伝える。

 伊藤忠商事は、滋賀県高島市で新入社員向けの合宿研修を実施した。創業者である伊藤忠兵衛は滋賀県豊郷町の出身で、研修のテーマは忠兵衛が唱えた教訓の一つ「三惚(ぼ)れ主義」の体現を通じ、“商社パーソン”としての役割・責任を理解すること。忠兵衛は、仕事、共に働く仲間、在り所(土地)の三つを大事にすることを説いていたという。

 生産者の思いやプロ意識、買い手に届ける責任などを理解するため、同社は新入社員が第1次産業の現場に出向き、作業を経験する研修を取り入れている。今回は116人が参加。合宿研修期間中、新入社員は、牧場や農園などで作業した。琵琶湖の清掃活動など地域貢献活動も行い、近江の商人が大切にしていた「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの実践に励んだ。

 豊田自動織機は、07年から事務職の新入社員を対象に、同社の原点である「G型自動織機」の3分の1モデルを使った分解・組み付け実習を実施している。祖業である織機の仕組みを学ぶと同時に、発明した社祖の豊田佐吉の思想を学ぶのが目的だ。

 同織機は佐吉が1924年(大13)に開発、完成させた。機械を止めずにシャトルを交換し、よこ糸を自動的に補給する機構を世界で初めて実現した。このほか糸が切れたらすぐに機械が止まる機構など、24の自動化と保護・安全装置を搭載。トヨタ生産方式の「自動化」の原点でもあり、実習を通じてモノづくりや、佐吉の顧客志向の精神の教育も狙う。

 今年は9月に同研修を行う予定だ。毎年、新入社員が苦戦しながらも真剣に取り組む様子が見られ、創業の精神は着実に受け継がれている。

同期と実践/IT活用


 TDKは、新入社員合宿研修の中で「モノ創り講座」を開いている。期間は3週間。コンセプト設計から、資材調達、試作、工程管理、量産、出荷検査、販売など実際のモノづくりの過程を通じ、生産の不良品ゼロを目指すTDKの「ゼロディフェクト」を模擬体験してもらうのが狙いだ。

 同講座では18年度から、時間を計るタイマーを製作している。今回は新入社員144人が1グループ6人に分かれ、△分(秒)間を正確に計測できる装置をテーマにモノづくりに挑み、最後に発表会を行った。優勝したのはプレゼンテーション時に役立つタイマーを製作したチーム。眼鏡に固定し3分が過ぎると発光ダイオード(LED)が点灯する。原価や量産を意識し、不良品をほぼ出さない高い精度で成功させた点などが評価された。人事部人財育成課の担当者は「(この講座を通じて)TDKのモノづくりに対する理解を深めてほしい」と期待する。

モノ創り講座で「TDKのモノづくり」に触れる新入社員ら

 KDDIは、仮想現実(VR)を使った研修システムを順次導入する。遠隔地にある自社の海底ケーブルを見学できるアプリケーション(応用ソフト)を、新入社員やインターンシップ(就業体験)の学生に今後提供していく。

 アプリは時間や場所を選ばず、それぞれが気軽に利用できるため、企業にとっても研修を効率的に進められる。

 新入社員のプレゼンテーション能力を向上するためのアプリも開発中。VR空間で大勢の聴衆を前にしたプレゼンを疑似体験できる。退屈なプレゼンをするとアバター(仮想空間のキャラクター)化された聴衆がうつむいたり、興味をひくプレゼンをすると聴衆が関心を持って聞いたりする。話し手の緊張度合いや視線も評価軸に加える予定だ。

 こうした研修システムを手がけるのは、子会社のKDDIラーニング(東京都多摩市)。同社の土橋明社長は「eラーニングに適した研修と現地に赴く集合型研修など適した方法をとる」と、KDDIグループの人材育成をサポートしていく。

 常陽銀行は、新入行員への教育プログラムに植樹を取り入れている。19年は同行が環境保全活動を支援する県有林「常陽ふるさとの森」(茨城県那珂市)で実施。新入行員144人が参加し、スギやヒノキの苗木約800本を植樹した。

 新人研修での植樹は14年から毎年実施している。同行の環境保全活動の一環であるとともに、「銀行とは異なるフィールドで、CSR(企業の社会的責任)の取り組みや同期との絆を強めてほしい」(人事部)という狙いがある。こうした活動を通じ、「金融サービスだけではなく、(理念である)『地域と共にゆたかな未来を創り続ける』ためのさまざまな取り組みを行っていることを感じ取ってほしい」(同)という。

常陽銀は新入行員が研修で植樹した(中央は笹島律夫頭取=同行提供)
日刊工業新聞2019年5月27日

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