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『トイ・ストーリー4』公開前に知っておきたいピクサーのインサイド・ストーリー

<情報工場 「読学」のススメ#67>『PIXAR <ピクサー>』(ローレンス・レビー 著/井口 耕二 訳)
『トイ・ストーリー4』公開前に知っておきたいピクサーのインサイド・ストーリー

Pixar公式フェイスブックページより

**スティーブ・ジョブズが自腹で赤字を補てんしていた初期のピクサー
 7月12日に全国ロードショーが予定されている新作アニメーション映画『トイ・ストーリー4』。絶大なシリーズ人気を考えると、大ヒットはほぼ間違いないと言っていいだろう。

 同シリーズの配給は、言わずと知れたディズニー。制作を手がけるのはピクサー(ピクサー・アニメーション・スタジオ)だ。現在、ピクサーはディズニー傘下にあり、『トイ・ストーリー』『カーズ』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』といったピクサー制作の作品は「ディズニー/ピクサー映画」のように紹介されることが多い。

 しかしピクサーは、2006年にディズニーに買収されるまでは、独立資本の会社だった(ディズニーと共同制作は行っていた)。元はジョージ・ルーカス監督の作品を手がけるルーカスフィルムズのコンピュータ・アニメーション部門だったが、1986年に独立。その際、アップルを離れNeXTを立ち上げたばかりのスティーブ・ジョブズが買収し、オーナーとなっている。

 ところが、『PIXAR <ピクサー>』(文響社)を読む限り、1995年11月に同社初の長編アニメーション映画『トイ・ストーリー』が大ヒットする直前までのピクサーは、とても「まともな会社」とは言い難かった――主に悪い意味で。企業の体をなしていなかったと言っていいかもしれない。

 事業計画はなく、ジョブズをはじめ、社内の誰もこの会社をどう発展させればいいのか、何のアイデアもなかったそうだ。資金繰りは「何とかまかなっている」状態。たまに不足する。そんな時はどうするのか――。驚くなかれ、答えは「ジョブズに泣きつく」である。

 スティーブ・ジョブズは、ほとんど直接は経営にタッチしておらず、普段は会社にいなかった。ピクサーの経営陣は毎月、ジョブズのところへ行き、資金の不足を訴える。すると、不足する金額分の小切手をその場で切ってくれるというのだ。

 『トイ・ストーリー』の制作費は、契約に基づき、すべてディズニーが出すことになっていた。だが、その契約は著しく不平等なものだったという。映画からの収益のピクサーの取り分はわずか10%ほど。しかも、長編の新作映画を3本(続編は含まれない)制作するまでは、ディズニー以外の仕事ができない。アニメ映画の制作には4年はかかるので、12年も契約に縛られることになる。

 そんな、にっちもさっちもいかない状況から同社を救ったのが『PIXAR <ピクサー>』の著者、ローレンス・レビー氏だ。

 シリコンバレーでEFI(エレクトロニクス・フォー・イメージング)という会社の副会長兼最高財務責任者をしていたレビー氏は、ジョブズに請われ、1995年2月にエグゼクティブ・バイスプレジデント兼最高財務責任者(CFO)の肩書きでピクサーに参画。

 『PIXAR <ピクサー>』は、レビー氏の入社後、『トイ・ストーリー』を爆発的にヒットさせると同時に、空前規模のIPO(新規株式公開)を実現、ディズニーとの平等な再契約にこぎつけるまでの経緯を中心に描かれたノンフィクションである。

「ピクサーの魔法」を守るために経営の立て直しに奮闘した元CFO


 もしも、1994年11月にスティーブ・ジョブズがレビー氏に電話をかけなかったら、『トイ・ストーリー4』は企画すらされなかったかもしれない。『トイ・ストーリー3』も、果たしてピクサーの名のもとで作られたかどうか。「ピクサーの魔法」がかからず、よくある「凡庸な続編」に終わっていた可能性がある。

 レビー氏は入社前に、完成前の『トイ・ストーリー』の10分間の映像を見せられ、衝撃を受けた。その時の様子を、こんなふうに描写している。
「たしかに10分間、私はほかのどこかに飛んでいた。アンディの部屋だ。おもちゃが生きている世界だ。おもちゃが感情を持ち、問題を抱えている世界だ。こんなものが作れるなんて、このビルには魔法使いがいるに違いない」

 おそらく、この時にレビー氏の胸を貫いた、えも言われぬ感情が、その後の同氏の行動を突き動かすマグマのような情熱になっていったのではないか。世界中の子どもたちに先がけて「ピクサーの魔法」にかかった一人がレビー氏だったのだ。

 「魔法使い」たるピクサーの技術者やクリエーターたちが、その巨大な才能を発揮し、制作を続けられるためにレビー氏は、経営立て直しのための4本柱からなるロードマップを描く。4本柱とは「収益からのピクサーの取り分を50%以上にする」「株式を公開して資金を調達する」「会社の規模を拡大し、制作頻度を上げる」「ピクサーをブランド化する」である。

 この中で最初に注力したのが2番目の「株式公開」であり、先に書いたように『トイ・ストーリー』公開とほぼ同時に実現する。それまでのレビー氏の奮闘ぶりは、ピクサー作品さながらの手に汗握るストーリーとして『PIXAR <ピクサー>』に描かれている。

 しかも、その過程では、プライドが高く、こだわりの強いスティーブ・ジョブズをうまく操縦しなくてはならない。レビー氏は日和見にならずにジョブズを説得し、時になだめすかしながら、やる気にさせていった。その知名度をうまく使ったりもしている。また、レビー氏の入社当時、ピクサー社内にジョブズへの反発も小さくなかったという。それも、レビー氏がパイプ役となることで、解消されていった。

 注目すべきは、同書を読むかぎり、レビー氏もジョブズも、作品制作には、ほとんど口を出していないことだ。作品の内容や表現に関しては、コンピュータ科学者だった共同創業者のエド・キャットムル氏をはじめとする優秀な社員たちに任せ、彼らはそれを支えるための体制や環境づくりに徹していたようなのだ。

 レビー氏は、自社の最大の強みである「魔法」を尊重し、それを壊さないようにしながら、交渉の「武器」にしたりもしている。例えば、IPOにあたり投資銀行と交渉する際などに、必ず制作中の作品を見せ、制作現場を見学させる。ほとんどの人は衝撃を受け、ピクサーのポテンシャルを信じることになる。

 こんなに興味深いストーリーが背後にあることを知れば、『トイ・ストーリー4』の公開劇場に足を運ばざるを得ない。7月12日を楽しみに待ちたい。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

                

『PIXAR <ピクサー>』
-世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話
ローレンス・レビー 著
井口 耕二 訳
文響社
320p 1,850円(税別)
情報工場 「読学」のススメ#67
高橋北斗
高橋北斗 Hokuto Takahashi 情報工場
おもちゃたちが人目を忍びながら、おしゃべりしたり、冒険したり、あるいはクローゼットからモンスターが出てきたりと、ピクサー作品には、子どもが想像する世界そのままのような純粋な世界観がある。それは、スティーブ・ジョブズやローレンス・レビー氏が、資金繰りや経営といった「大人の事情」を一手に引き受け、クリエイターたちの創り出す「子どもの世界」を守ろうとしてきたからであろう。守られ、安心感と信頼に包まれていたからこそ、クリエイターたちの創造力と童心が解き放たれ、だからこそ今のピクサーの成功があるに違いない。

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