今や市場規模は4兆円、「エコマーク」誕生秘話

連載・平成の環境産業史(6)

エコマーク30周年を記念したトークショー

 環境配慮を示すラベル「エコマーク」は、1989年(平成元)に誕生した。環境負荷の少ない原材料の使用、省エネルギー性、廃棄後のリサイクルのしやすさなどの基準を満たした商品はラベルをつけられる。文房具や衣料品にエコマーク認定商品が多い。16年の認定商品の市場規模は4兆7000億円と推定されており、平成の30年間で成長を遂げた。  「環境庁(現環境省)が企業を応援するのは初めてだった」。89年当時、環境庁でエコマークを担当した伊藤哲夫氏(元環境省自然環境局長、現京都大学特別教授)は振り返る。それまでの環境庁と言えば公害を取り締まる規制官庁だった。  エコマークは伊藤氏の先輩の竹内恒夫氏(現名古屋大学教授)がドイツの制度を参考に日本へ導入した。伊藤氏はエコマーク制度を軌道に乗せる役割だったが、認定は商品に優劣を付けることになるため業界団体からの反発が予想された。  産業界の反応が手探りのままで89年、最初のエコマーク商品を認定すると「企業から歓迎された」(伊藤氏)という。自社の商品にもエコマークをつけたい企業が訪ねてくることもあり、「勇気づけられた」と手応えを語る。  日本環境協会がエコマーク制度を運用し、認定業務を担うことになった。温暖化問題への注目やリサイクル法の制定があって消費者の環境意識が高まり、00年には認定商品数が4000以上に達した。しかし08年、古紙配合率が基準通りでなかった「古紙偽装」が発覚。同協会の藤崎隆志部長は「ショッキングだった」と思い出す。ノートやコピー用紙の認定商品が多く「どうして良いかわからないまま、人海戦術で確認に回った」という。  そうした騒動を乗り越え、今は5000以上の認定商品がある。調達方針でエコマーク商品の購入を掲げる企業も多く、市場規模が4兆円を超えた。メーカーも環境配慮商品の開発が利益につながるようになっており、伊藤氏は「環境と経済を両立させる先駆けになった」とエコマークを評価する。  日本環境協会はホテルや飲食店など「商品」以外にも認定基準を設定した。インターネット通販が増えた時代変化にも対応し、ネット上でのエコマークの訴求方法を検討中だ。藤崎部長は「より企業のメリットになるようにしていきたい」と語る。持続可能な開発目標(SDGs)、脱炭素、脱プラスチックと厳しくなる社会要請への対応も課題だ。 (文=松木喬)  1989年から始まった平成時代、気候変動、フロンや有害化学物質規制など、企業は次々と押し寄せる環境問題への対応に追われました。一方で太陽電池、エコカー、省エネルギー家電といった技術が育ち、「環境経営」という言葉も定着しました。企業活動に影響を与えた平成の環境産業史を振り返り、新時代の道しるべを探ります。

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