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鴻海・シャープ連合、混沌はもう止まらない?

鴻海・シャープ連合、混沌はもう止まらない?

左から鴻海出身でシャープの戴社長、鴻海の郭会長、高橋前シャープ社長(16年8月)

 シャープがヘルスケア事業から事実上撤退したことが明らかになった。親会社の台湾・鴻海精密工業グループが、傘下の「シャープライフサイエンス」(神戸市中央区)を3月末までにエア・ウォーターに売却した。鴻海のネットワークを生かして海外展開を強化する計画だったが、想定していた成長を続けることができなかった。鴻海による企業売却により、同事業から手を引くことになった。

 シャープのヘルスケア事業は、鴻海精密工業グループの傘下入り後の2017年にシャープライフサイエンスとして子会社化し、鴻海の医療関連会社が過半出資する持ち株会社の傘下となっていた。

 同持ち株会社に対して、シャープは17年3月時点で48・8%出資していた。だがその後、鴻海の医療関連会社を割り当て先とする増資などにより、今回の売却直前の出資比率は20%台に低下していた。

朝令暮改で混乱


 液晶一本足打法があだとなって業績が悪化し、16年8月に台湾・鴻海精密工業の傘下に入ったシャープ。鴻海の力を借りて経営再建を進めてきた。18年3月期連結決算では、鴻海の販売網を生かして中国市場で液晶テレビの販売を伸ばし、14年3月期以来4期ぶりに当期損益を黒字転換。株主への配当も再開した。

 16年以降、電子部品を手がける三原工場(広島県三原市)など国内生産拠点の閉鎖・集約を断行。調達費削減や合理化などリストラ効果で、17年3月期決算では早くも営業損益を黒字転換させた。

 華麗なる復活を遂げたかに見えるシャープだが、先行きに暗雲が立ちこめる。19年3月期は増収増益を見込むが、テレビ販売の減少などを受け、すでに2度業績を下方修正した。テレビ販売の状況次第では再度の下方修正の懸念もはらむ。

 さらに、朝令暮改とも取られかねない鴻海の方針転換に振り回される部分も目立つ。その一つが17年1月に鴻海の郭台銘会長がぶち上げた米国の液晶パネル工場建設構想。発表後、人材不足やパネル市況の悪化を受け一転、建設を凍結。19年に入り再び建設継続を発表するなど、計画変更を繰り返している。

 中国での液晶テレビ販売も、販売台数を伸ばして好調さをアピールしたが、価格設定を見誤り、シャープ製品に安物イメージが定着。結果、テレビ販売が低迷した。18年秋、戴正呉会長兼社長も「量から質への転換」を掲げ、収益改善を進める方針に転換した。

 液晶パネルの主力工場である亀山工場(三重県亀山市)と三重工場(同多気町)の実態も見えない。

 戴社長は「シャープは技術を持っている。これからも液晶とソーラーに投資する」とシャープの技術力に期待を込める。ただ、構造改革が一段落し、液晶に代わる業績ドライバーも見当たらない。20年3月期に売上高3兆2500億円、営業利益1500億円と設定した中期経営計画の達成も危ぶまれている。

「鴻海総統」、最悪シナリオ


 台湾・鴻海精密工業を率いる郭台銘会長が2020年1月の台湾総統選に出馬表明したことで、傘下にあるシャープの経営への影響に注目が集まっている。中国の政財界と米国トランプ大統領の双方に太いパイプを持つ郭氏。総統に当選した場合、鴻海の経営からは離れる。ただ、直ちに影響力がなくなるわけではなく「米中貿易摩擦のリスクを一段と回避しやすくなるのではないか」(シャープOB)とプラスに作用するという見方もある。

 「鴻海ひいてはシャープにとって、郭氏の出馬はポジティブなニュースと受け止めている。郭氏は米中両国と絶妙な距離感を保つ希代のネゴシエーター。鴻海は米中貿易摩擦のリスクを一段と回避しやすくなるのではないか」。シャープOBの一人は分析する。念頭にあるのは、米中貿易摩擦のやり玉にされ、米国市場から締め出された華為技術(ファーウェイ)だ。

 鴻海は台湾企業でありながら製造拠点の大半を中国大陸部に置く。複雑な政治問題を抱える中国と台湾の間で、こうした拠点展開を可能としているのは、郭氏の中国政財界とのパイプがあってこそ。シャープもこれら鴻海の中国拠点を活用することで、中国国内における販売戦略を強化できた。

 一方で米トランプ大統領が就任した17年、郭氏はいち早く、大型液晶工場を米国に建設する計画をぶち上げた。1兆円とも言われる大型プロジェクトは、内容の修正を繰り返しながらも、粛々と進んでいる。米国重視の姿勢は、国際情勢の潮目を敏感にかぎ取る台湾経営者特有の生き残り策といえる。

 郭氏が総統に就けば「我田引水にならぬよう、うまく鴻海、シャープの成長を後押しするのではないか」(前出のシャープOB)。では、鴻海とシャープの関係にどのような変化が訪れるのか。

 元々、台湾では16年のシャープ買収に否定的な意見が多かった。液晶技術などを吸収し、リストラ効果による黒字転換を果たした今、「シャープを解体し、売却する準備を着々と進めているのではないか」(シャープの取引先幹部)との臆測が流れる。

 しかし、家電業界の動向に詳しい早稲田大学の長内厚教授は「米アップル向けビジネスで苦戦を強いられる中、シャープを売却することはないだろう」と冷静に見通す。高精細の8Kや有機ELなど独自技術で強みを持つシャープを手放すとは考えにくいとみる。

 リスクは、郭氏が経営から離れた後の組織のパワーバランスの変化だ。戴正呉会長兼社長をはじめ、シャープの取締役のほとんどは鴻海出身者で占め、彼らと郭氏個人のパイプがシャープの命運を左右する。

 郭氏が総統になっても当面、鴻海は“郭体制”を踏襲するだろうが、郭氏が表立って人事を含めた経営に介入するのは不可能だ。シャープに否定的な見方を持つ強行派が幹部に就かぬとも限らない。その時、シャープ解体論が現実味を帯びる。
日刊工業新聞2019年4月/5日/19日/24日

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