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スタートアップ28社が集結、「合同入社式」という投資の価値

社外の同期とつながり
スタートアップ28社が集結、「合同入社式」という投資の価値

合同入社式のグループワーク

 スタートアップ28社が新卒者50人を迎えて合同入社式を開いた。新卒の人数は平均1・8人と少ないが、集まることで横のつながりができる。新卒にとってスタートアップへの入社は成長へのチャンスがあると同時にリスクもある。スタートアップにとって新卒は企業文化をつくるための核になる人材だ。社外の同期とつながることで、キャリアについて悩んだ場面でも相談し助け合える。合同入社式が人材への中長期的な投資になっている。

チャンス・リスク一体 同期と相談、問題解決へ試行錯誤


 「私が新卒だったころ、同期にたくさん助けられてきた。起業した後も助けられている。このつながりをうちの新入社員にもつくってあげたかった」とYOUTRUST(東京都品川区)の岩崎由夏社長は合同入社式を企画した意図を説明する。岩崎社長はディー・エヌ・エー(DeNA)の出身だ。入社当時の新卒は100人。ライバルであり仲間だった。今の会社は同期のエンジニアと起業し、2019年度に1人新卒を採用した。合同入社式を開こうと経営者に声をかけて回り、社員数が3人から100人以上までのスタートアップ28社が集まった。

 入社式は新卒同士の自己紹介やグループワークに取り組んだ。2―6人程度のグループに分かれて資源や加工品を売買する「貿易ゲーム」で意見を戦わせる。ドクターズプライム(東京都中央区)の吉田惠里花さんは「なぜスタートアップを就職先に選んだのか。選んだ会社のどこに共感したのか聞けたのは大きい。この道を選んでよかったと勇気づけられた」という。新卒でスタートアップを選ぶ学生は、まだまだ少数派だ。キャリアで壁にぶつかったり、結婚や出産などの人生の岐路に立ったとき、同じ目線で相談できる同期は貴重な存在になる。

 新卒にとってスタートアップはチャンスとリスクが表裏一体だ。スタートアップでは入社してすぐ新事業を任されるなど、裁量も責任も大きい。誰も解決できていなかった課題をビジネスとして解いて事業を回すため、常に悩みながら試行錯誤していくことになる。相談相手は多い方がいい。

 また成長している中小企業やスタートアップは優秀な人材が多い。一人ひとりが抜きんでていないと、小さな組織は回らないためだ。そこに新卒が入るとスキル面で差ができ、どうしても浮いてしまう課題があった。だが近年は企業側も新卒側もインターンシップを通して時間をかけて人物や組織を見極めている。

 HERP(東京都品川区)の庄田一郎社長は「純粋に即戦力を採用してきたら新卒者ばかりになった」と振り返る。同社は17年3月に設立し、同年12月に入社した3人は新卒だった。現在は約40人の所帯になった。カンム(東京都渋谷区)の知久翼最高執行責任者(COO)は「新卒と中途採用という区別はない」と説明する。同社は全体で20人。「いい人が入っても、辞めてもインパクトが大きい。入社時点で仕事ができる人を採る」という。

企業文化を醸成 インパクトある人員採用


 スタートアップにとって新卒は企業文化の中核となる人材。hachidori(ハチドリ、東京都千代田区)は19年に初めて新卒を迎えた。伴貴史社長は「新卒者にとって我々のカルチャーがファーストカルチャー(初めて触れる企業文化)になる。スタートアップがカルチャーを醸成していく上でとても重要な存在」と指摘する。POL(ポル、東京都中央区)は35人のスタートアップが12人の新卒を採用した。研究者照会サービスが成長フェーズにあり体制の大幅拡充を決めた。加茂倫明社長は「組織のカルチャーにインパクトのある人員増になる。これを機に強いカルチャーをつくっていく」と気を引き締める。

 ビジネスライクに雇用関係を結ぶことが多い中途採用に比べ、新卒とは本質的なところでぶつかる場面も増える。新卒の純粋な問いに組織として一つひとつ応えていくことで、企業理念や文化が醸成されていく。

 HERPの庄田社長は「スタートアップには常識を常識と思わない人が必要。例えば朝10時に出社する意味を問われる。現在、14時前に出社してくる新卒はいない」という。システム開発などのプロジェクトを分割し管理する仕組みを整備し、一人ひとり独立して開発できる環境を整えた。

 オンヨミ(東京都港区)の大宮英嗣社長は「近年、新卒の優秀な層がスタートアップに流れていて、普通に東京大学卒業生を採用しているスタートアップもある」と説明する。アルバイトなどのマッチングアプリを展開するタイミー(東京都文京区)の森田晃インサイドセールスマネージャーは「新卒はサービスをユーザー目線で設計できる。いまの大学生の刺さるサービスでないと生き残れない」と指摘する。

 合同入社式の後も合同研修などで継続的に同期に会う機会を設けていく予定だ。同期同士のつながりだけでなく、別のスタートアップの経営者と接することで励まされ、次の成長の目標を見つける効果がある。スタートアップごとに待遇面などを比較され、人が移動するリスクもあるが、YOUTRUSTの岩崎社長は「ミレニアル世代(インターネットが普及した環境で育った世代)は常に情報交換している。合同入社式の有無に関係なく、スタートアップは一人ひとりと待遇を交渉していかないと負ける。それよりも成長ノウハウを共有していくことの方が大切だ」と指摘する。

 SARAH(サラ、東京都台東区)の高橋洋太社長は「自分は大学時代に起業して大企業は知らない。同じ時期に起業していたり、スタートアップにいった奴らが飲み仲間だった」と振り返る。その後、新規株式公開(IPO)を成功させた社外同期が、同社に出資するエンゼル投資家になっている。合同入社式では各社の新卒たちの思いを聞いて、自分が起業したころを思い出した。「ここから成功者が出てくる。いま、つながりを作っておくことは必ず彼らのためになる」と語る。
(文=小寺貴之)

ドクターズプライムの田真茂社長と新卒採用の吉田惠里花さん
日刊工業新聞2019年4月8日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
大学の1年生や2年生から企業のインターンシップに参加して就職先を見極める学生もいるなど、企業と大学の距離が近い都心では、新卒一括採用は意思決定の時期が集中するだけで、実態は実力勝負の長期戦なんだなと思います。個人のキャリア形成においては、会社を辞めてから考える中途採用よりも健全なのかもしれません。長期戦が前提となるならインターンシップなどで働いて、現場で必要だと思ったことを大学で学べると良いと思います。そうすれば大学での学びのモチベーションになりますし、社会人になってからのリカレント教育もありふれた選択肢になります。入社式で新卒に聞いて回りましたが、文系出身者の答えは芳しくありませんでした。大学での学びが社会と接続していないのかもしれません。本来、働きながら学ぶチャンスは、就職後は競争して勝ち取らないと得られない機会なので、もったいないですね。

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