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採用した人の実家に挨拶へ…ベンチャー企業「和える」の突飛だけど合理的な採用

 「株式会社 和える(aeru)」というベンチャー企業があります。日本各地に息づく伝統文化を次世代につないでいくため、日本の伝統のコンシェルジュとして、全国各地の職人と共に、伝統産業品のプロデュースや販売を行なっています。

 例えば下の写真の食器は、まだ上手に食べ物をすくえない赤ちゃん・子どもたちのために作られた、「こぼしにくい器」。名前の通り料理をこぼしにくいだけでなく、食器を上手に使えるようになるための手助けができる構造になっているそうです。形状はそのまま、全国各地の陶器、磁器、漆器の職人と一緒に手掛け様々なバリエーションがあります。グッドデザイン賞も受賞しており、現在までに4万枚以上売れたヒット商品です。

「こぼしにくい器」

 そんな和えるは「伝統文化」を軸に、ホテルのお部屋のプロデュース、企業研修、金継ぎなどのお直し、講演など様々な事業に取り組んでいます。また、事業カテゴリーとしてはプロデュースや商社、コンサル、小売業に該当しながら、自分たちは伝統文化の魅力を発信する「メディア」だ、という自社への認識が斬新です。そういった活動や考え方が興味深いと感じ、詳しくお話を伺いたいなと思ったので、代表取締役の矢島さんにお会いし取材の依頼をしたところ、

「和える独自の採用を取り上げて欲しいです。『和えるの採用ページ、変わっているよね』とよく言われるのですが、この切り口ではまだ取材を受けたことがないので」

と言われました。採用ページを見てみると、確かにちょっと変わっていました。まず文字量がすごい。テキストが7500字ほどあり新聞紙面が3枚くらい作れてしまいます。また、エントリーフォームには自分らしい雰囲気の写真や感動した写真を添付したり、入社後のイベントの企画案、接客対応シミュレーションなどを考えて書き込むなど、それなりのアイデアと情報量を入力しなくてはなりません。それなりの労力を伴ったエントリーでありながら、別途「手書き」の履歴書も必要なのだそうです。エントリー段階で多くの情報を引き出し、なおかつ記事のタイトルにあるように採用後は実家まで挨拶に行くくらいですから、矢島さんは社長としてさぞかし採用への関心が高いのだろうと思っていたら、どれくらいの応募があるのか把握していないだけでなく、なんと、採用の合否は社員に委ねていました…その理由とは?
(聞き手・平川透)

ミスマッチをなくすために情報を出し、求める


—なぜここまで作り込んで、応募者に書かせる採用ページを作ったのですか?

 和えるは、赤の他人同士でファミリービジネスをやっていこうとしているのです。大家族なんですよ。私が和えるのお母さんで、社員はお兄さん、お姉さんという感じです。共にお仕事をする職人さんも、「業者」という認識ではなくて、親戚のおじさん、おばさん、お兄さん、お姉さんみたいな存在なのです。冬には「風邪ひかんようにな」とみかんが送られてきたり。私たちも職人さんたちに「和えるくん通信」を作って届けています。私たちの近況や、「新しい家族が増えました」という感じで新入社員を紹介したりします。親戚と手紙のやり取りする感覚なのですね。

 新入社員が入ると、その人の実家まで挨拶しに行くんですよ。

—え?

 先週も行ってきましたよ。東京「aeru meguro」で働いている社員の実家が奈良なので、一緒に奈良まで行きました。お父さんが獣医さんなので、お父さんの診療所まで行って、どんな仕事なのか教えてもらって、夜は一緒に鴨鍋を食べてきました(笑)

 私から「どうぞよろしくお願いします」とご挨拶に行くのです。

—本当に家族的ですね。

 こういうやり方なので、和えるで働くことが合う人はとことん合うし、合わない人は本当に合わないと思います(笑)人の「生きる」の中で大きな要素となっている働く時間、ミスマッチをしたくないので、「和えるってこうです」と全部伝えることにしているんですね。

—採用ページを見ると、保育園・幼稚園からの履歴の提出を求めていますよね。(2月13日現在)

 はい。「どんな人なの?」と、その方の人生の歩みを全て知りたいだけなのです。赤の他人ではありつつも、人生の多くの時間を共に過ごすことになるのですから、その方のことをたくさん知りたいし、逆に自分たちのことも知って欲しいのです。だから採用ページにたくさんのことを書いているし、社員のことも書いているし、お互いにどんな人か情報を交換して、ミスマッチがないようにしたいよね、ということなのです。

合否を社員に委ねる理由


—面接にもすごく時間をかけるのですか?

 面接はお兄さんお姉さん(社員のこと)が面接するんですよ。社員がその方と働きたいと決めたら、最後にお母さんである私が最終の面接で「みんなが共に働きたいそうなのですが、いかがですか?」と聞く感じです。

 だから、私の時はもう面接ではないですよね……?

(ここで、インタビューを立ち聞きしていた和えるの森恵理佳さんに話しかけます。2014年のaeru meguro設立時から働く初期メンバーです。流れでインタビューに加わっていただくことになりました。)

左が森恵理佳さん

森さん:そうですね。

矢島さん:私の面接の時は「和えるに入社するにあたって何か聞いておきたいことはありますか?」という最終確認と、雇用形態を決めるのが主ですね。

 つまり、私がお会いする時は、実質のところ合否が決まっているので、あとは「どんな働き方をしたいですか?」と、その方のライフステージと理想の働き方をお伺いし、それに合わせた雇用形態を一人ひとりの事情に合わせて作るというのが私の重要な仕事ですね。

森さん:「自分の分は自分で稼げる力を身につけているか」「家族のような感覚で付き合えて」「自分に素直に生きている」方であることが採用基準で、そこは現場にいる私たちが判断します。面接の内容も通常の面接とはかなり異なると思います。

矢島さん:面接というと一方的な質疑応答をイメージしがちですが、和えるでは、お互いを知る場という感じです。こちらから質問をすることもあまりないんですよ。

—どういうことですか(笑)

矢島さん:「どうして今日来たの?」という感じで始まりますね。

森さん:そうですね。よくある、「今までの人生で挫折したことは何ですか?」というような面接はしません(笑)

矢島さん:普通の面接対策をしてきた方は、拍子抜けすると思います。私たちはその方の素を知りたいのです。

—応募はどれくらい来ているんですか?

矢島さん:私は知らないんですよ。

—えーっ(笑)

矢島さん:私は採用しないので。どれくらい来ているんでしょうね?(笑)

—ベンチャー企業であれば、社長が採用に一番関心が強そうですが。

矢島さん:そうですよねぇ。でも、私が毎日社員と一緒にいるわけではないので、基本的に一緒に働く社員同士の相性の方が大切なので、みんなに決めてもらっています。(森さんに)応募って、何人いるの?

森さん:面接まで進むのは、年に10人くらいですね。

矢島さん:あぁ、そんなにいるんだ。書類の応募はどれくらい来ているの?

森さん:年に30から40通くらいですね。

—採用人数はどれくらいですか?

矢島さん:これまでは年に大体1、2人でしたね。365日24時間、いつでも和えるの採用フォームは開いているので、義務教育を終えていれば、どなたでも応募していただけますよ。

—ウェブの応募フォームで結構な書き込みが必要ですが、さらに別途手書きの履歴書もいるようですね。

矢島さん:文字もその方の人柄がにじみ出るので、必ず文字も拝見します。

 このように応募の負荷をかなり上げているので、生半可な気持ちでは応募できないようになっています。これが、うまい具合にフィルタリングになっていて、採用コストを抑えられていると思います。人生の時間は限られているので、真剣な人とだけお会いしたいのです。適当にいくつも応募するより、真剣に自分の「生きる」と「働く」を考えた上で、エントリーしていただいた方が、結果的に双方の負担が軽減して良いと感じます。

社員の「人を見る目」も育まれる


—ここまでエントリーを作り込んで、合否の判断は現場に任せるというスタンスによって、社長という立場でありながら採用プロセスに無関心になれるのですね。

矢島さん:そうです。ほぼこれで選別されているので。このページを作ることには、私自身かなり時間をかけました。

 また、社員みんなが採用するかどうかを決めることの良さは、みんなが責任を持って共に働く仲間を育み合う文化が醸成されることですかね。

—あまり聞かない採用スタンスですが、色々と効率的な気がします。

矢島さん:経済用語らしくいうと、採用コストと労務管理コストがかなり抑えられていますね。あと、社員の「人を見る目」が育まれます。

森さん:最初の頃は慣れなかったのですが、一回会っただけでその人がどういう方なのかおおよそ把握できるようになったり、私自身も自分や会社のことをうまく伝えられるようになったりしました。

—採用はこれからも継続的にするのですか?

矢島さん:はい。和えるは今年で9年目です。日本の伝統を次世代につなぐための新規事業が、ぞくぞくと誕生しており、8事業部あって、絶賛仲間を大募集中です!これからしばらくは、年に2、3人は採用していくイメージですね。自分に素直に生きたい方、生きると働くを大切にしたい方、美しく稼ぐに挑戦したい方は、ぜひエントリーしていただけると嬉しいです!

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矢島 里佳(やじま りか)
1988年7月24日 東京都生まれ。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時である2011年3月、株式会社和えるを創業、慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2012年3月、幼少期から職人の手仕事に触れられる環境を創出すべく、“0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナル商品を生み出し、オンライン直営店から始まる。2014年には事業拠点となる東京「aeru meguro」、2015年京都「aeru gojo」をオープン。「ガイアの夜明け」(テレビ東京)にて特集される。
日本の伝統を泊まって体感できる“aeru room”、日本の職人技で直す“aeru onaoshi”など、日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を展開中。
著書に和える創業までの物語を綴った『和える-aeru- 伝統産業を子どもにつなぐ25歳女性起業家』(早川書房)など。

森 恵理佳 (もり えりか)
神奈川生まれ。2014年より、"0歳からの伝統ブランドaeru"の東京「aeru meguro」ホストマザーを務める。2017年1月より、伝統に触れ、豊かな感性が育まれる学びの場を創出する"aeru school"事業の推進もおこなう。各種イベント企画・運営や、社外のイベント・講演会への登壇も行い、日本の伝統の魅力を伝えるための様々な取り組みを行っている。
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
僕自身はもし採用されても実家にまで挨拶に来て欲しくないタイプですが、会社と人が合うか合わないかをできる限りすり合わせるスタンスは良いなあと感じました。

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